目が覚めたとき、そこにいる自分が何者なのか分からなかった。家族の顔も、住んでいた場所も、そもそも自分がプロの自転車選手だったことすら思い出せない。ベルギーのスティフ・ブルックス選手は、2016年のレース中の落車で脳に重い損傷を負い、「回復の見込みのない植物状態」と診断されたと報じられました。それから3年後、彼はまた自転車に乗っています。ただし、事故前の5年ぶんの記憶は戻らないまま。自分がどんな人間だったのかを、彼はインターネットで調べて知ることになりました。
今日の知ってた?
🚴 2016年の落車事故で「回復の見込みのない植物状態」と診断されたベルギーのプロ自転車選手スティフ・ブルックスは、2019年には再び自転車に乗れるまで回復した。ただし事故前の5年ぶんの記憶は失われたままで、事故前の自分がどんな人間だったのかを、彼はインターネットで調べて知った。
背景:レース中の落車と、失われた5年
自転車のロードレースは、100人を超える選手が数十センチの間隔で固まって走ります。この集団のことをプロトン(集団)と呼び、一人がバランスを崩すと後続が次々に巻き込まれます。これがロードレースにつきものの「落車」です。ヘルメットは義務づけられていますが、時速数十キロで走る集団のなかで頭を打てば、防ぎきれない衝撃も起こりえます。
スティフ・ブルックスは、ベルギーのプロ自転車選手でした。2016年、レース中の事故で頭部に強い衝撃を受け、脳に重い損傷を負います。意識は戻らず、しばらくして医師から告げられたのは「回復の見込みのない植物状態」という判断だったと報じられています。ベルギーは自転車競技が国民的な人気を持つ国で、彼の状態は繰り返しニュースになりました。
ところが、その診断のあとで容体は動きはじめます。徐々に反応が戻り、リハビリが始まり、2019年には自転車のペダルをまた自分で回せるところまで来ました。回復の過程がどういう仕組みで進んだのかは医療の専門領域の話で、ここで簡単に説明できるものではありません。分かっているのは、いったん「見込みなし」と判断された人が、その後に戻ってきた例がある、という事実だけです。
もう少し詳しく
いちばん奇妙なのは、記憶の失われ方でした。意識のなかった期間の記憶がないのは、まだ想像がつきます。しかし彼の場合、失われていたのは事故そのものより前、5年ぶんの人生でした。プロ選手になった経緯も、チームメイトとの日々も、レースで走った街の景色も残っていない。目が覚めた時点で、彼は「自分がプロの自転車選手である」という事実を、他人から聞かされる情報として受け取るしかない立場にいたわけです。
そして、その空白を埋めたのがインターネットでした。プロのアスリートは、自分について書かれた記事や結果表、レース映像、インタビューが公開の場に大量に残っています。彼はそれを読み、見て、事故前の自分がどんな選手で、どんな話し方をして、何を目指していたのかを知ったと伝えられています。ふつうなら「自分が誰か」は本人のなかにあって、周りが後から知るものです。この順番がひっくり返り、検索結果のほうが本人より自分に詳しい状態が生まれた——この話が海外の掲示板で刺さったのは、ほとんどこの一点でした。
「植物状態」という言葉自体も、今は動いています。彼の治療にあたったのは、ベルギーの神経科医ステフェン・ローレイス(Steven Laureys)でした。この医師は「植物状態(vegetative state)」という呼び方を好まず、代わりに「反応のない覚醒(unresponsive wakefulness)」という語を使うことで知られています。目は開いていて睡眠と覚醒のリズムもあるのに、外からの働きかけに応じる様子が見えない——起きていることは起きているのだ、という含みを残した言い方です。ローレイス医師は重い脳損傷をめぐる研究で、2020年に国際的な賞を受けています。
回復後の彼は、また趣味として自転車に乗っています。怖くないのかと聞かれたときの答えとして伝わっているのが、「自分は一度死んだようなものだから、今さら怖がる理由がない」という言葉です。ベルギーでは彼を追った『De Stig』というドキュメンタリーも作られています。ただし「元通りになった」という書き方はできません。長い意識障害から戻った人が事故前と同じ状態に戻れるとは限らず、むしろそうならない場合のほうが多いことは、コメント欄でも繰り返し指摘されていました。
※補足:本文中の診断名・容体の経過は、いずれも報道やご本人の公表内容として伝えられている範囲のものです。意識障害の判定や回復の見通しは高度に専門的な領域で、個々のケースで事情が大きく異なります。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
目を覚まして、自分が誰なのかを知るために自分のウィキペディアを高速で読み込むところを想像してほしい。人生でいちばん奇妙な予習だと思う。とんでもない回復の話だ。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
これがプロ選手だから成立している部分もあるよね。成績表もインタビューもレース映像も全部残っているから、調べれば本人より詳しい情報が出てくる。一般人が同じ目にあったら、たどれるのはSNSの投稿と写真フォルダくらいだ。
3. 海外の名無しさん
これだけの目にあって、目が覚めて分かったのが「自分は自分でした」ということなのか。私だったらちょっとがっかりしてしまいそうだ。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
自分のSNSと検索履歴とメッセージのやりとりから自分という人間を再構成する作業、想像しただけで冷や汗が出る。あれを他人の目で読み返して「これが私です」と言われたら、けっこう傷つく人は多いと思う。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
『ブラック・ミラー』にそういう話があったな。亡くなった人がネット上に残した言葉から人格を組み立て直す、というやつ。あの回では故人がずいぶん感じのいい人物として再現されていたけど、現実で同じことをやったら、もっとひどい人格が出来上がる人も多いんじゃないか。
6. 海外の名無しさん
目を覚まして最初に出てきた言葉が「えっ、俺プロの自転車選手だったの!?」だったらどうしよう。……ふざけてすまない。本当に信じられない話だし、彼が戻ってこられて心からよかったと思っている。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
記憶をなくした刑事が自分の身元を手探りで調べていくゲーム『ディスコ エリジウム』があるけど、あれの主人公が刑事じゃなくて自転車選手だったバージョンだな。あちらは飲みすぎが原因だけど。
8. 海外の名無しさん
彼を診たのはステフェン・ローレイスという神経科医で、絶望的とされたケースをいくつも引き受けてきた人だ。この人は「植物状態」という言い方を使わず、「反応のない覚醒」という言葉を選んでいる。重い脳損傷の研究で国際的な賞も受けている。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
言葉の選び方は思っている以上に大きいと思う。「植物」と言われた瞬間、家族の頭のなかでその人は物になってしまう。「反応が見えないだけで、起きてはいる」と言われるのとでは、そのあと病室でどう接するかがまるで変わってくる。
10. 海外の名無しさん
はっきりさせておくと、彼のケースは「回復の見込みなし」と言われてから3か月ほどで昏睡を抜けてリハビリに入っている。ずっと何年も動かなかった人が突然目覚めた、という種類の話ではないんだ。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
そこは大事な区別だね。彼のは衝突による外傷で、アメリカで延命の是非が長く裁判で争われたテリー・シャイボさんのケースは心停止による酸素不足が原因だった。損傷の種類が違えば見通しも違うので、この一件をもって「あの判断は間違いだった」と言うのは筋が違う。
12. 海外の名無しさん
この記事を読んで家族に伝えたいこと。もし私がそういう状態になったら、延命をやめる判断をためらわなくていい。ただし、せめてもう一人別の医師の意見は聞いてからにしてくれ。
13. 海外の名無しさん
意識のなかった年月を失っただけじゃなく、記憶の側でもさらに何年か持っていかれているのが、いちばん怖いところだ。もしその5年のあいだに子どもが生まれていたら、覚えのない我が子と対面することになる。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
私が考えていたのは、その期間に亡くなった人がいた場合だ。葬儀に出た記憶ごとないまま、もう一度その知らせを受け取ることになる。あるいは転職や引っ越しみたいな大きな変化があった場合も、いまの生活が急に説明のつかないものになってしまう。
15. 海外の名無しさん
この話でもうひとつ驚くべきなのは、彼が比較的ふつうに近い機能を取り戻したという点だと思う。私が読んできた症例だと、いわゆる植物状態から目覚めた人が、目覚めたあとに重い認知障害を抱えたままになるほうがずっと多い。家族は「奇跡だ」と喜ぶけれど、その先が長いんだ。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
だからこの手のニュースは「奇跡の回復」でひとくくりにしないほうがいいんだよな。同じ状況の家族が「うちも待っていればきっと」と読んでしまう。彼の場合も、走れているからといって事故の前と同じ体に戻ったわけではないと伝えられている。
17. 海外の名無しさん
というわけで、我々は彼をこう呼んでいる……ザ・スティグ、と。まさか本物のスティグがベルギーにいたとは思わなかった。
18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
ある人が言うには、彼は3年眠っていても目覚めたときに自分がどこにいるか思い出す必要がないらしい。またある人が言うには、彼は財布のなかに財布の写真を入れているそうだ。我々が知っているのは、彼がスティグと呼ばれているということだけである。
※注:「スティグ」は、イギリスの自動車番組『トップ・ギア』に登場する覆面テストドライバーの呼び名です。白いレーシングスーツとヘルメットで素性を明かさず、司会者が毎回「ある人が言うには……」という荒唐無稽な噂話を並べたあと、「我々が知っているのは、彼がスティグと呼ばれているということだけだ」と締めて紹介します。選手の名前 Stig と綴りが同じことから、コメント欄がこの定型に流れ込みました。
19. 海外の名無しさん
ウィキペディアからの引用。「彼は趣味として自転車に乗っている。怖くないかと問われて、彼はこう答えた。『自分は一度死んだようなものだから、今さら怖がる理由がない』」。強すぎるだろう、この人。
20. 海外の名無しさん
この手の話になると必ず「金持ちだから助かったんだろう」と言い出す人が出てくるけれど、それは違う。彼を診た医師も同じベルギーの人で、これは通常の医療制度の範囲内の治療だ。ベルギーに住んでいる人なら誰でも同じ治療を受けられた。
21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
そもそもプロとして走っていた期間が短いから、大金を持っていたとも考えにくい。ベルギーは小さな国で自転車競技の注目度が高く、彼の事故は大きく報じられた。その結果として専門医の関心を引いた、という順番だろうね。あとは単純に、プロ選手として鍛えられた体そのものが回復を支えた面もあると思う。
22. 海外の名無しさん
2011年から2016年の記憶がまるごとない、というのがなんとも言えない。私は最近やたらと2010年代の前半が懐かしくて、世の中がまだ普通だったと感じられる最後の時期だった気がしている。そこだけ抜き取られるのはつらい。
23. 海外の名無しさん
冗談抜きで言うと、調べた結果その「自分だった人」に少しがっかりしたとしても、それはそれで悪いことばかりじゃないと思う。過去の自分を他人として眺められる機会なんて普通は来ないし、そこから変わろうと思える人もいるはずだ。もっとも、そのために頭から壁に突っ込むのは絶対におすすめしないけれど。
まとめ
2016年の落車で「回復の見込みのない植物状態」と診断されたスティフ・ブルックス選手は、2019年には再び自転車に乗れるまで戻り、しかし事故前5年ぶんの記憶を失ったまま、自分がどんな人間だったのかをインターネットで知りました。コメント欄では、自分のウィキペディアを読んで自分を知るという状況の奇妙さに驚く声から、「植物状態」という言葉を使わない医師の話、外傷と酸素不足では見通しが違うという冷静な補足、そして「全員がこう回復するわけではない」という重い指摘まで、笑いと慎重さが交互に並んでいました。「一度死んだようなものだから、今さら怖くない」という本人の言葉が、いちばん静かに効いてきます。

コメント