「ハロー・ゼア」「こっちに来いよ」——人に育てられたアザラシが、育て親の訛りごと覚えていた声

「ハロー・ゼア」「こっちに来いよ」——人に育てられたアザラシが、育て親の訛りごと覚えていた声 自然・科学

水族館の屋外プールから、しゃがれた男の声で「ハロー・ゼア」と呼びかけられる。振り返っても、そこにいるのは太ったアザラシ一頭だけ——。1980年代のアメリカ・ボストンで、実際にそういうことが起きていた。声の主はフーバーという名前のゼニガタアザラシで、彼は自分の名前と、いくつかの英語のフレーズを、育ててくれた人間の訛りごと再現していた。

※注:ゼニガタアザラシは北半球の沿岸に広く分布するアザラシで、日本でも北海道の東側の海に暮らしている。ニューイングランドはアメリカ北東部の6州(メイン州やマサチューセッツ州など)をまとめて呼ぶ言い方で、中心都市がボストン。この地域の話し方は語尾の r をはっきり発音しない癖があり、”here” が「ヒヤ」、”car” が「カァ」のように聞こえる。日本語でいえば、耳にした瞬間に出身地の見当がつくタイプの訛りである。

今日の知ってた?

🦭 フーバーは、1971年にアメリカ・メイン州の海岸で孤児として保護され、人間に育てられたゼニガタアザラシである。その後ボストンのニューイングランド水族館に引き取られ、7歳ごろから人の声をまねるようになった。「ハロー・ゼア(やあ)」「カム・オーバー・ヒヤ(こっちに来い)」「ゲット・アウタ・ヒヤ(出てけ)」、そして自分の名前「フーバー」。しかも、育ててくれた人たちのニューイングランド訛りまでそっくりだった。ただし彼は言葉の意味を理解して話していたわけではない。耳に入った音のかたまりを、音として再現していた。1985年7月25日、年に一度の換毛期の不調で死亡。

背景:動物が人の声をまねるということ

オウムやインコ、九官鳥が人の言葉をまねるのは、多くの人にとって「知っている話」だろう。だから「アザラシが喋った」と聞いても、驚きの手前で「ああ、オウムみたいなものか」と流してしまいそうになる。ところが動物の研究をしている人たちにとって、この二つはまったく別の重さを持っている。

聞いた音を覚えて、自分の発声器官でそれを再現する能力を発声学習(音声模倣)という。鳥ではそれほど珍しくない。歌を覚えるスズメの仲間、オウムの仲間、そしてハチドリ。この三つのグループは、親や周囲から歌や音を学習することが知られている。

問題は哺乳類のほうである。人間以外の哺乳類で、聞いた音を新しく覚えて再現できる例はきわめて少ない。確認されているのは、クジラやイルカの仲間、コウモリの一部、ゾウ、アシカ・アザラシの仲間くらいで、あとは全部「生まれつき出せる声しか出せない」側に並ぶ。犬や猫がどれだけ人間と暮らしても人の言葉を返してこないのは、頭が悪いからではなく、そもそも声を学習して真似る回路を持っていないからだ。

この短いリストに、ゾウとシロイルカの名前が入っているのを不思議に思う人もいるかもしれない。実際、韓国の動物園にいたアジアゾウのコシックは、鼻を口に突っ込むという力技で韓国語の単語をまねていたし、アメリカの海洋施設にいたシロイルカのNOCは、人が水中で会話しているような音を出して飼育員を混乱させたことがある。フーバーの話が繰り返し取り上げられるのは、彼がアザラシとしてこのリストに名前を載せた、最初のよく記録された一頭だからである。

もう少し詳しく

「掃除機」という名前。1971年、メイン州の海辺で、母親とはぐれた生後まもないアザラシの子が保護された。引き取ったのは地元の夫婦で、はじめは家の浴槽に入れて世話をしていたという。名前の由来は上品ではない。差し出した魚を、掃除機みたいな勢いで吸い込んでいったからである。アメリカでは掃除機の代名詞になっているメーカー名がそのまま名前になった。日本でいえば「ダイソン」と名付けるようなノリだと思えばいい。

手に負えなくなって、専門家へ。当然ながら、アザラシは大きくなる。魚の量も、必要な水の量も、家庭で用意できる範囲をあっさり超えていく。夫婦は自分たちの限界を認めて、ボストンのニューイングランド水族館に相談した。こうしてフーバーは、屋外の展示プールで暮らすことになる。ここから先の彼の生活は、公的な記録として残っている。

喋りはじめたのは、しばらく経ってから。フーバーが人の声をまねていると周囲がはっきり認識するようになったのは、水族館に来てから何年も経ってからのことだった。飼育員に向かって、しゃがれた低い声で「ハロー・ゼア」「カム・オーバー・ヒヤ」と呼びかける。機嫌が悪ければ「ゲット・アウタ・ヒヤ」と追い払う。そして誰かが名前を呼ぶと「フーバー」と返す。録音は今も残っていて、聞いた人の反応はだいたい同じところに落ち着く——不機嫌な中年男性が、アザラシのモノマネをしているようにしか聞こえない

ここが肝心:彼は英語を「話して」いない。この話でいちばん誤解されやすいのがここである。フーバーは「こっちに来い」という意味を理解して人を呼んでいたのではない。彼がやっていたのは、幼いころから毎日浴びるように聞いていた人間の音声を、自分の喉で再現することだった。だから育て親のニューイングランド訛りまで、まるごとコピーされている。意味ではなく音を覚えた、という証拠がその訛りなのだ。言い換えると、フーバーは英語を覚えたのではなく、自分を育てた人の話し方を覚えた

その後に続いた話。フーバーは1985年7月25日、年に一度の換毛期に体調を崩して死亡した。ただ彼の一件は「珍しいアザラシがいた」で終わらず、その後の研究の呼び水になった。近年ではスコットランドの研究チームが、ハイイロアザラシに人間のメロディーを聞かせて覚えさせる実験を行い、アザラシの仲間が音を学習して再現できることを裏づけている。ニューイングランド水族館では、フーバーの血を引く個体にも人の声に似た発声が確認されたという話が伝わっている。あの浴槽育ちの一頭は、いまも研究論文の中で名前を呼ばれ続けている。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
この話でいちばん立派なのは、育てた家族の判断だと思う。手に負えなくなったと気づいた時点で、自分たちで抱え込まずに専門家のところへ相談に行った。かわいいから、情が移ったから、で家に置き続ける人のほうが世の中には多い。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
昔ペットショップで、他の子とうまくやれないという理由でずっと売れ残っていたモルモットを引き取ったことがある。うちに来てからも一切鳴かない子だった。ある日ネットでモルモットの鳴き声を再生してみたら、ケージの中から同じ声で返してきて家族全員が固まった。しかもそれ一回きり。仲間を用意してやれなかったことを、いまだに考える。

3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
うちの犬も、子どもが苦手すぎて一緒に暮らせなくなり、きょうだいの家に引き取ってもらった。向こうでは他の子どもとも平気で過ごせるようになって、いまのほうが確実に幸せそうにしている。手放したときはかなりこたえたけれど、自分の家より良い暮らしがあるなら、そっちが正解だったんだと思うようにしている。

4. 海外の名無しさん
半信半疑で音声を聞きに行ったら、想像していたよりはるかにはっきりした声だった。「アザラシっぽい声の中に、なんとなく言葉に聞こえる部分がある」程度を予想していたのに、普通に単語として聞き取れてしまう。心の準備をしてから再生したほうがいい。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
1984年に撮られた映像が残っているのでぜひ。いくつか出回っている中では「ゲット・アウタ・ヒヤ(出てけ)」と言っているやつがいちばん説得力がある。あれを見るまでは編集を疑っていたけど、口の動きと音が完全に合っていて言い訳のしようがなかった。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
訛りまでちゃんとコピーされているのが本当にすごい。英語圏の人間が聞くと、ただの「英語を喋るアザラシ」ではなく「ニューイングランドの、それも1970年代あたりの話し方をするアザラシ」に聞こえる。育ての親の声が、そのまま録音されて残っているようなものだ。

7. 海外の名無しさん(>>5への返信)
アザラシが喋ると聞いて、もっとこう、かわいらしい高い声を勝手に想像していた。実際に再生してみたら、朝からずっと機嫌の悪い50代のおじさんがそこにいた。かわいい動物の話を見に来たはずなのに、なぜか近所の頑固オヤジに怒鳴られている。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
「機嫌の悪い50代のおじさん」のところで手が止まった。当方まさにその年代なので、なんの心構えもないところに流れ弾を食らった気分だ。そして自分の声を録音して聞き返してみたら、否定できる材料が一つも見つからなかった。

9. 海外の名無しさん
何も知らずに水族館の柵の前に立っていて、下のプールから「やあ、こっちに来いよ」としゃがれ声で呼ばれる場面を想像してほしい。まずスタッフの誰かが隠れて悪ふざけをしていると思うだろう。振り返って誰もいないと分かったときが本番だ。

10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
自分だったら、その場で「ついに来たか」と自分の頭のほうを疑うと思う。しかも相手はアザラシなので、まさか本当に呼ばれているとは思わず、確認もせずに帰ってきて一生誰にも信じてもらえないやつだ。当時その場にいた人が全員うらやましい。

11. 海外の名無しさん
これはもうセルキーだろう。アザラシの皮をかぶって海に入ると本物のアザラシになり、皮を脱ぐと人間に戻るという言い伝えが北の島のほうにある。ルールを決めたのは自分じゃない、そういう話がずっと前からあったというだけの話だ。

12. 海外の名無しさん
うちにはよく喋るオウムがいるのだけど、この手の話で毎回誤解されるのがここだと思う。彼らは人間のように言葉を「言って」いるわけではなく、特定の誰かが特定のときに出した音を、そのまま再生している感覚に近い。うちの子は亡くなった親戚の名前を呼ぶし、笑い声は完全に祖母のものだ。単語ではなく、言い方ごと保存されている。

13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
その説明を読んでから記事に戻ると、この話の見え方がかなり変わる。フーバーは英語を覚えたのではなく、自分を拾って育てた人の話し方を丸ごと覚えていた、ということになるわけだ。訛りが残っているのが何よりの証拠で、そう考えるとちょっと胸に来るものがある。

14. 海外の名無しさん
子どものころ、フーバーは水族館の入口にある屋外のプールにいて、何度か見に行った。ただ自分が聞けたのは「フーバー」と自分の名前を言うところだけで、他のセリフには一度も当たらなかった。名前だけでも十分すぎるほど不気味で、そして最高だったけれど。

15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
自分も当時、上の息子を連れて見に行った口だ。あのしゃがれ声を確かに一緒に聞いたはずなのに、本人はまったく覚えていないと言う。歴史的なアザラシに話しかけられた経験が、小さい子の記憶からは普通に消えるらしい。

16. 海外の名無しさん
映像の中の彼、水の中でくるくる回りながら喋っていて、どう見ても機嫌が良さそうなのが救いだった。声がおじさんなので言っていることは荒っぽいのに、動きだけ見ればずっと楽しそうにしている。あの落差でだいぶ笑った。

17. 海外の名無しさん
記事に「年に一度の換毛期の不調で死亡」と書いてあるのが気になって調べはじめてしまった。毛が生え替わるだけの話に聞こえるのに、それで命を落とすことがあるのか。アザラシの換毛はそんなに過酷なものなんだろうか。

18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
自分も気になって同じ穴に落ちた。毛が抜けている間は体が冷たい海に耐えられないので水に入れず、その間はほとんど食べずに過ごすらしい。しかも皮膚と毛を作り直すこと自体に相当なエネルギーがいる。普通なら長くても2週間ほどで終わるのが、彼の場合は1か月近くかかったという話だった。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
そこがずっと引っかかっている。海に入れないから狩りができない、という理由で食べていないのなら、飼育下なら魚を口元まで運んでやれたのではないのか。それとも自然の過程に手を出さないという方針だったのか、そこは記事の範囲では読み取れなかった。

20. 海外の名無しさん
逆方向の話をすると、猿に育てられた人間がジャングルであの雄叫びを上げる小説がずっと昔からあるわけで、種をまたいだ声のコピーという発想自体は人間のほうが先に空想していたことになる。まさか現実の第一号がアザラシだとは思っていなかったけれど。

21. 海外の名無しさん
発声を後から学習できる哺乳類はほとんどいないという話が興味深かった。ゾウやシロイルカが人の声をまねた事例は聞いたことがあったけれど、その短いリストにアザラシが並ぶとは思っていなかった。犬や猫が何年一緒に暮らしても一言も返してこない理由も、これで納得がいった。

22. 海外の名無しさん
結局この話は、アザラシが英語を覚えたという話ではないんだよな。意味も分からないまま、自分を助けてくれた人たちの声の出し方だけを丸ごと覚えて、水族館のプールから何年も繰り返していたということになる。笑える話として読み始めたのに、最後だけ少し静かな気持ちになった。

まとめ

1971年にメイン州の海岸で保護され、人間に育てられたゼニガタアザラシのフーバー。ボストンのニューイングランド水族館に移されたあと、彼は「ハロー・ゼア」「カム・オーバー・ヒヤ」、そして自分の名前をしゃがれた声で発するようになった。ただしそれは言葉を理解した会話ではなく、育て親の声を音として再現したもので、その証拠に地元の訛りまでまるごとコピーされている。コメント欄は前半こそ「不機嫌な50代のおじさんにしか聞こえない」「アザラシに怒鳴られた」と笑い声で埋まっていたが、実際に彼を見たことがある人の思い出話や、人の言葉を話す鳥を飼っている人からの「あれは意味ではなく特定の誰かの声を再生している」という解説が入るあたりから、少しずつ空気が変わっていった。喋るアザラシの正体は、自分を拾ってくれた人の話し方を一生手放さなかった一頭だった、という話でもある。

元ソース: 人間に育てられた孤児のアザラシが「ハロー・ゼア」「こっちに来て」、そして自分の名前「フーバー」と言えるようになった

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