日本人で最初に宇宙へ行った人の名前を、すぐに言える人はどれくらいいるだろうか。「毛利衛」と答えた人は、惜しい。その2年前、1990年の12月に、もう一人の日本人がソ連のロケットで宇宙へ上がっている。しかも彼は宇宙飛行士ではなく、テレビ局の記者だった。地上では1日に4箱の煙草を吸い、宇宙では吐き続けた人である。
※注:日本人で最初に宇宙へ行ったのは1990年の秋山豊寛(TBS=東京放送の記者)、日本人で最初にスペースシャトルに乗ったのは1992年の毛利衛(宇宙開発事業団=現在のJAXAの宇宙飛行士)。順番が入れ替わって記憶されがちだが、この記事の主役は前者である。
今日の知ってた?
🚀 日本人で最初に宇宙へ行ったのは、職業宇宙飛行士ではなく、TBSの記者・秋山豊寛だった。1990年12月、ソ連の宇宙船ソユーズTM-11で打ち上げられ、宇宙ステーション「ミール」におよそ8日間滞在している。費用を負担したのは国ではなく勤務先のテレビ局で、民間企業が報道のために金を出した、世界初の商業ベースの宇宙飛行でもあった。ただし本人にとっては散々な8日間で、猛烈な宇宙酔いに苦しみ通した。地上では1日に4箱=80本を吸うヘビースモーカーである。同乗したソ連の宇宙飛行士は、彼の嘔吐についてこう語ったと伝えられている——「あんなに吐く男は見たことがない」。
背景:彼は「宇宙飛行士」として選ばれたのではない
まず、この飛行はテレビの企画だった。TBSが開局40周年の記念事業として、当時のソ連からソユーズの座席を商業契約で買い取り、自社の社員を宇宙ステーションへ送り込んで中継させる、という計画である。搭乗者は社内から希望者を募って選ばれた。飛行の費用は全額TBSが負担している。金額については当時からいくつもの数字が流れ、いまも一つに定まっていない。
選ばれたのが、当時48歳の秋山豊寛だった。外信部の記者で、ワシントン支局長を務めた経歴を持つ、いわゆる叩き上げのニュース畑の人である。宇宙にも飛行機にも、それまで職業上の縁はなかった。選考のあと、モスクワ郊外の「星の街」——ガガーリン宇宙飛行士訓練センターのある町だ——へ渡り、1年以上にわたって訓練を受けている。健康診断はきちんと通っている。つまり、1日4箱の喫煙歴があってもなお、当時の基準では飛べる身体だと判定されたということになる。
1990年12月2日、バイコヌール宇宙基地からソユーズTM-11が上がった。秋山はミールから連日、日本向けに生中継のリポートを送っている。宇宙から実況する日本語放送はこれが初めてだった。無重力でアマガエルがどう動くかを観察する実験も持ち込んでいる。帰還は12月10日。滞在は8日に満たない、短い飛行だった。
もう少し詳しく:吐き続けた8日間と、吸えない煙草
宇宙酔いは、乗り物酔いとは別物である。船や飛行機で気持ち悪くなるのは、目には「止まっている」ように見える景色と、耳の奥の内耳が感じ取る揺れが食い違うからだ。無重力ではこれがちょうど裏返る。目は自分が漂って動いているのを見ているのに、内耳のほうは上下がわからず、動いた感覚を返してこない。脳は入ってくる信号の矛盾を処理できず、「これは毒物を食べたときの状態に近い」と判断して、とりあえず中身を出させにかかる。それが吐き気の正体だとされている。
やっかいなのは、これが地上ではほとんど予測できないことだ。船に強い人が宇宙で平気とは限らないし、その逆もある。職業宇宙飛行士でも、飛行の最初の数日は3人に1人から2人に1人の割合で症状が出るといわれる。つまり秋山が吐いたこと自体は、素人だったからでも、煙草のせいでもない。誰にでも起こりうることが、たまたま極端な形で出た。
そこに、煙草がまったく吸えないという事情が重なった。密閉された宇宙船の中で火を使うことはできないし、ニコチンを補う手立ても当時はほぼ無かった。ニコチンパッチが実用化されるのは1992年、この飛行の2年後である。1990年の時点で手に入るのはガム程度で、1日80本の習慣を支えられる代物ではなかった。訓練は1年以上あったのだから、その間に地上で禁煙させておけばよかったのでは——という指摘は、コメント欄でも繰り返し出ていた。もっとも、嘔吐そのものはニコチンの離脱症状として典型的なものではない。宇宙酔いと禁断症状が同時に来て、互いを悪化させた、と見るのが自然だろう。
本人は、宇宙にいる時間を楽しんだとは語っていない。「地球は青かった」の系統の感動的な述懐が期待される場面で、体調の話ばかりが残ってしまった人である。日本人初の宇宙飛行という、本来なら国を挙げて祝うはずの出来事が、こういう身も蓋もない形で記録されているのは、かえって珍しい。
「日本人初」が二人いるように見える理由
秋山より先に選ばれていた日本人宇宙飛行士は、実は存在する。毛利衛は1985年、宇宙開発事業団の搭乗科学技術者に選抜され、スペースシャトルで実験を行う予定になっていた。ところが1986年にスペースシャトル「チャレンジャー」が打ち上げ直後に爆発し、アメリカの有人飛行計画そのものが長期間止まってしまう。毛利の飛行は延期に延期を重ね、実際に上がったのは1992年9月になった。
その長い待ち時間のあいだに、テレビ局が横から先に行ってしまった。結果として「日本人初の宇宙飛行」は1990年の秋山、「日本人初のスペースシャトル搭乗」は1992年の毛利、という奇妙な二段構えになっている。日本国内で毛利の名前のほうが通りがいいのは、彼が国の宇宙開発の顔として長く活動を続けたからで、順番を間違えているわけではない。ややこしいのは事実のほうである。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
元記事を読むのが面倒な人向けにまとめておく。この人はテレビのニュース記者で、視聴率を上げるための企画として、勤務先の放送局が大金を払って宇宙に送り込んだ。いわゆる宇宙飛行士ではなく、いちばん最初の宇宙旅行者に近い立場の人だ。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
補足ありがとう。ヘビースモーカーが宇宙飛行士を志すというのは進路選択としてどうなんだと思っていたので、ようやく腑に落ちた。志したわけじゃなくて、指名されたのか。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
おまけに宇宙酔いする体質つきだからな。会社に「君、来週から宇宙ね」と言われて断れなかった人の顔をした話でしかない。
4. 海外の名無しさん
宇宙飛行士って身体能力の頂点にいる人たちのはずでは。1日4箱吸う人間が、どうやって国の代表として最初の一人に選ばれたんだ。選考の段階で誰も止めなかったのか。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
1日4箱吸えている時点で、その人にとっては最高のコンディションだったんだよ。宇宙では吸えないという一点だけを、誰も計算に入れていなかっただけだ。
6. 海外の名無しさん(>>4への返信)
そもそも宇宙飛行士じゃない。理工系の専門教育を受けたわけでもないジャーナリストで、宇宙にも航空にも前歴が一切ない人だ。肩書きのほうが実態に追いついていない。
7. 海外の名無しさん(>>4への返信)
90年代の話だぞ。当時のアジアで煙草を吸わない中年男性を探すほうが、宇宙飛行士を育てるより難しかったと思う。日本の男性の喫煙率は6割前後あった時代だ。
8. 海外の名無しさん
秋山はかなり特殊な例だ。職業宇宙飛行士ではまったくなく、48歳のTBS記者で、元ワシントン支局長。TBSがソ連からソユーズの座席を商業契約で買い取り、社内選考で搭乗者を決めた。健康診断を通ったあと、星の街で1年以上訓練している。伝説的な1日4箱の習慣も、この時点ではまだ失格になるほど身体を壊してはいなかったらしい。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
1年以上も訓練期間があったのなら、その間に煙草を断たせようと誰も考えなかったのだろうか。禁断症状を地上で済ませておけば、少なくとも宇宙で二重苦にはならなかったはずなんだが。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
調べたところ、ニコチンパッチが世に出るのは1992年で、この飛行の2年後だった。1990年に手に入ったのはガムくらいで、あれは1日80本吸う人間には気休めにもならない。断たせる手段のほうが無かったんだと思う。
11. 海外の名無しさん
これ、典型的なニコチンの離脱症状に見える。あれは本当にきついし、頭も回らなくなる。よりによって宇宙は、いちばんやりたくない場所だ。逃げ場も無いし、換気も自由にならない。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
一応言っておくと、嘔吐はニコチン離脱の典型症状じゃない。いらいらや集中力の低下が主で、吐くところまでは普通いかない。宇宙酔いのほうが本体で、禁煙が追い打ちをかけた、という順番だと思う。
13. 海外の名無しさん
前にこの手の解説動画を見たんだが、船酔いや飛行機酔いと宇宙酔いはまったく別の現象らしい。飛行機では、目は「動いていない」と判断しているのに、内臓のほうが揺れを感じている。無重力ではこれが逆になって、目は自分が漂っているのを見ているのに、内臓が何も感じない。脳は説明がつかなくなって、「毒を食べたに違いない」と結論し、全力で中身を出しにかかる。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
そしてこれが地上ではほぼ予測できないのが厄介なところ。訓練を積んだ職業宇宙飛行士でも、最初の数日は半分近くがやられる。当時は予測する手立ても無かったはずで、秋山が特別に軟弱だったという話ではないと思う。
15. 海外の名無しさん
4箱=80本を、起きている16時間で割ると12分に1本になる。目が覚めてから寝るまで、ずっと吸い続けている計算だ。よくそれで宇宙船の座席に座らせてもらえたな。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
自分も喫煙者だが、2箱を吸い切るところを想像しただけで気分が悪くなる。4箱はもう嗜好品じゃなくて労働だ。
17. 海外の名無しさん(>>15への返信)
1本吸うのに5分として計算すると、4×20×5で400分。1日のうち7時間近くを煙草に使っていることになる。起きている時間の半分が喫煙時間だ。自分はストレスの多い日に1箱半までいくことがあるけれど、翌日は確実に体調を崩す。
18. 海外の名無しさん
1日4箱吸う人間を、ニコチンを一本も持たせずに金属の筒に押し込んで地球の周りをぐるぐる回すのは、労務管理として問題があると思う。宇宙酔いというより、人類史上もっとも激しい禁断症状を無重力で味わっていただけではないか。同乗のロシア人たちは2日目にはエアロックから放り出したくなっていたはずだ。
19. 海外の名無しさん
そろそろ宇宙旅行者を「宇宙飛行士」と呼ぶのはやめたほうがいい。紛らわしいし、本物の宇宙飛行士の仕事を安く見せてしまう。1990年のこれは、要するに最初の宇宙リアリティ番組だろう。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
ただ秋山の場合、自分の金で遊びに行ったわけじゃなくて、会社の業務命令で行って現地から中継の仕事をしている。旅行者とも少し違う。日本語でいうところの「出張」がいちばん近い気がする。史上もっとも遠い出張だ。
21. 海外の名無しさん(>>19への返信)
「安く見せる」という言い方には賛成しかねる。この人は1年以上ちゃんと訓練を受けて、ソユーズの手順も覚えて、乗る資格を取ったうえで乗っている。金を出したのが国か会社かの違いでしかなくて、本人が楽をしたわけではない。
22. 海外の名無しさん
むしろ好感が持てる。宇宙飛行士の回想録はどれも「地球を見て人生観が変わった」で終わるのに、この人は「気持ち悪かった」で終わっている。宇宙まで行って正直にがっかりしてみせた最初の人間として、ちゃんと記憶されてほしい。
23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
しかもそのぼやきを毎日、生放送で全国に流していたわけだからな。宇宙特派員という肩書きで、内容の半分が体調報告。当時それを茶の間で見ていた日本人はどんな気持ちだったんだろう。
24. 海外の名無しさん
より重要な疑問は、なぜ人類は宇宙服や宇宙船の中で煙草を吸う方法を開発しなかったのか、ということだ。あの時代は喫煙者のためならどんな場所にでも灰皿を置いていたじゃないか。宇宙用の煙草さえ発明していれば、煙草会社にとっては史上最強の宣伝材料になっていたはずだ。
まとめ
日本人で最初に宇宙へ行ったのは、TBSの記者・秋山豊寛だった。1990年12月、テレビ局が費用を負担する商業契約でソユーズTM-11に乗り、宇宙ステーション「ミール」に8日足らず滞在している。世界初の商業ベースの宇宙飛行という華々しい記録の中身は、猛烈な宇宙酔いと、吸いたくても吸えない1日4箱の煙草だった。同乗のソ連の宇宙飛行士に「あんなに吐く男は見たことがない」と言わしめた人が、日本の宇宙飛行史の第1号なのである。コメント欄は「なぜヘビースモーカーを選んだ」から始まって、宇宙酔いは船酔いと別物だという解説、80本を時間換算するとどうなるかという計算、そして「宇宙旅行者を宇宙飛行士と呼ぶな」という毎度の議論へと広がっていった。感動的な述懐をひとつも残さなかったことが、かえってこの飛行を忘れがたいものにしている。

コメント
TBSの記者・秋山w
ザパニーズ丸出しですやんwww
科学的な意義は何もない。
「日本人初」という言葉、それだけの存在。