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「忍者の黒装束は、歌舞伎の黒衣を見えない人だと思ったのが始まりらしい」海外が驚いたのは服の色ではなかった

「忍者の黒装束は、歌舞伎の黒衣を見えない人だと思ったのが始まりらしい」海外が驚いたのは服の色ではなかった 文化・社会

「忍者は全身黒ずくめではなかった」という話題が海外の掲示板で伸びていた。日本で育っていれば「ああ、黒衣の話ね」で終わってしまいそうなネタなのだが、スレッドを読み進めると驚かれている場所が少しずれていて面白い。彼らが引っかかったのは忍びの服の色ではなく、舞台の上に立っている人間を、客席全員でいないことにするという日本の約束事そのものだった。

※注:歌舞伎や人形浄瑠璃で役者・人形を助ける裏方は「黒衣」と書き、くろご・くろこ両方の読みが使われる。人形浄瑠璃(文楽)では人形遣いそのものを指すこともある。

今日の知ってた?

📏 忍者の代名詞になっている全身黒の装束は、実際の忍びの装いというより、歌舞伎の黒衣の姿が元になったとされる。黒衣は舞台上で小道具を運び、衣装を替え、人形を遣う裏方で、「観客はこの人を見ていないことにする」という約束のもとに堂々と客前に出ている。実際の忍びのほうは任務に合わせて服装を変え、夜の装束も真っ黒ではなく濃紺や茶褐色だったとされる。

背景:見えないことになっている人

黒衣は日本の観客にとって説明のいらない存在だ。役者に刀を手渡し、脱いだ羽織を回収し、糸を引いて一瞬で衣装を変え、文楽では人形そのものを動かす。全身黒に黒頭巾という姿は「舞台上の無」を意味する記号で、見えているのに見ない、というルールを客席と舞台が何百年も共有してきた。

徹底しているのは、背景が変われば「無」の色も変わることだ。雪の場面では白い装束、水の場面では水色の装束に替えることがあり、いないことになっている人にもきちんと場面ごとの決まりがある。逆に文楽では、主遣いがあえて素顔をさらす「出遣い」という見せ方もある。見えない人と見える人の線引きが、演目や流儀によって細かく設計されているわけだ。

海外の劇場では、裏方は暗転で隠すか幕の向こうに置くのが基本で、「客前に出したうえで見ないことにする」という解決法はあまり一般的ではない。今回のスレッドで一番反応が集まったのも、忍者の色の話より、この約束事の存在だった。

もう少し詳しく

本物の忍びが選んだのは「目立たない格好」ではなく「不自然でない格好」。江戸期の忍術書『万川集海(ばんせんしゅうかい)』には、任務に応じて姿を変える心得として、虚無僧・出家・山伏・商人・放下師(大道芸人)・猿楽師、そして普段どおりの姿という七通りが挙げられているとされる。共通しているのは、どれも街道や宿場にいて誰も気に留めない類の人間だという点だ。隠れるより、その場の風景の一部になるほうが確実だという発想である。

夜の色は黒より紺。よほどの闇夜でなければ真っ黒は輪郭が浮き上がってしまうため、夜の装束としては濃紺や柿渋で染めた茶褐色のほうが適しているとされる。日本では藍が広く栽培され、藍染の濃紺は庶民の普段着にもっともありふれた色だった。特別な衣装を仕立てるまでもなく、その辺の作業着がちょうどよかったことになる。

「忍び」はもともと人ではなく、やり方を指す言葉だった。戦国期の記録には乱破・透波・草・間者など多様な呼び名が残っており、隠密の働き自体も外部の傭兵ではなく、その家に仕える者が担った例が多いという指摘がある。英語圏の研究でも、「忍び」は本来「誰が」ではなく「どのように行ったか」を示す語として使われていた、という読み方が紹介されている。職能集団としての「忍者」という像は、天下統一後の書き手や近代以降の物語がまとめ上げていった部分が大きいとされる。

黒装束はいつ定着したのか。江戸後期の芝居や絵、明治以降の講談、そして昭和の映画・漫画・テレビと、黒ずくめの忍者像は繰り返し上書きされながら固まっていった。舞台の上で「見えない人」の記号だった黒が、そのまま「気配を消す者」の衣装として使い回された、という筋道はいかにもありそうな話で、今回のスレッドでもそこが起点になっている。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
暗い色でこそこそ忍び込むより、当時なりの「ヘルメットとバインダー」を持って堂々と歩くほうがよっぽど効くんだよな。はしごを担いでいる人間を呼び止める人はいない。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
実際、旅の僧や巡礼、行商人に化けるのが定番だったらしい。その土地にいても不自然じゃない格好、というのが第一条件だったわけだ。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
イギリスの作家テリー・プラチェットが小説の中でまったく同じ観察を書いていて、作中の僧たちがどこへでも入り込める理由が「托鉢の鉢を持ち歩いていること」なんだ。人間は金を求めてくる相手を見ないふりするのが本当に上手い、と。今の日本にも托鉢の僧がいるなら、当時も同じように効いたはずだよ。

4. 海外の名無しさん(>>2への返信)
庭師というのもいい。忍者の武器として知られている道具の多くが農具に似ているのは、たぶん偶然じゃないと言われている。持っていても誰も驚かない物が、そのまま道具になる。

5. 海外の名無しさん
実際には黒ではなく、濃い青を着ていたことが多かったらしいというのを前に読んだ。夜に溶けるという意味では、そっちのほうが理にかなっている。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
補足すると、よほどの闇夜でない限り真っ黒はかえってシルエットとして浮き上がる。月明かりや提灯の灯りの中では、濃い藍色のほうが背景に沈んでくれるんだ。

7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
そもそも日本では藍がよく育つし、藍で染めた濃紺は昔から一番ありふれた色だった。専用の装束をわざわざ仕立てなくても、その辺の普段着がちょうどいい色だったということになる。

8. 海外の名無しさん
服の色より黒衣のほうが衝撃だった。舞台の上に堂々と立っているのに、客席全員が「この人は見えていないことにする」と合意している役職がある。演劇の仕組みとして相当すごくないか。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
こっちの劇場では裏方は暗転で隠すものだから、その発想自体がなかった。見えないことにする、で解決するのか…。しかもそのルールが何百年も客席側で共有され続けているのが一番の驚きだ。

10. 海外の名無しさん
場面によっては白い装束や水色の装束に着替えると知って笑ってしまった。雪の場面では白、水の場面では水色。見えないことになっている人にも、ちゃんと場面ごとのドレスコードがある。

11. 海外の名無しさん
ということは、黒衣に化けた忍者が理論上いちばん強いのでは。全員が見ないと決めている格好なんだから、これ以上の隠れ蓑はないだろう。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
観客が黒衣を無視するのに慣れきったところで、そのうちの一人が舞台上の登場人物を刺す——という演出があって、それで忍者と黒衣が結びついた、という説明をどこかで読んだ記憶がある。裏が取れていないから話半分で聞いてほしいけど、黒が忍びの色として定着した筋書きとしてはよくできている。

13. 海外の名無しさん
この話題になると毎回貼りたくなる論文があって、そこで一番好きなのは「忍びという語は本来、副詞のように使われていた」という指摘なんだ。誰がやったかではなく、どうやったかを指す言葉だった。それが人を指す名詞に変わっていく過程そのものが、後から組み立てられた忍者像の一部だという話。

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
バイキングとまったく同じ構図だ。あれも元は「船で略奪の遠征に出る」という行為を指す言葉で、それをやりに行った人がバイキングと呼ばれた。民族名でも職業名でもなかったんだよな。

15. 海外の名無しさん(>>13への返信)
つまり本来は「彼は忍びやかに忍んだ」みたいな言い方が正しいわけか。英語に直した途端に間抜けな響きになるのが惜しい。

16. 海外の名無しさん
日本史の本を何冊か読んだけれど、忍者という語は「夜にやること」「隠れてやること」の総称みたいな扱いで書かれていることが多い。敵の城壁の高さを測って梯子の長さを計算した学者も忍者、味方の進路を作るために藪を刈った工兵も忍者、夜中に捕まった盗人も忍者。全部まとめて一語に押し込めた結果、後の作家が好きな形を与えられる空き箱になったんだと思う。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
その基準でいくと、偵察部隊が敵の飛行場を制圧しに行ったら誰もいなくて、そのまま占拠して帰ってきたうちの部隊もかなり忍者だったことになるな。

18. 海外の名無しさん
冷静に考えると、忍者の服装をいちばん正確に描いていたのが『NARUTO』だったという事実がじわじわくる。任務ごとにばらばらの格好で、制服らしい制服がほぼない。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
全身黒タイツより、その辺の若者みたいな服装のほうが史実に近いというのは確かにそう。ただ、あの目立つオレンジだけは別の意味で任務に向いていない。

20. 海外の名無しさん
正しさは理解したうえで言うけど、黒装束のほうが圧倒的にかっこいいので、映画やゲームはこのままでいてほしい。農民の格好でのんびり歩いてくる忍者、絵として弱すぎるだろう。

21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
気持ちはわかる。ただ、地味な格好の男が正面から堂々と入ってきて、誰にも止められないまま目的を果たして帰る映画も見てみたい。そっちのほうがずっと怖いと思うんだよな。

22. 海外の名無しさん
スパイは溶け込むのが仕事、と考えればごく当たり前の結論ではある。むしろ全身黒で屋根の上を走っている時点で、隠密としては仕事をしていない。

23. 海外の名無しさん
ポケモンの英語版に出てくる忍者使いのジムリーダーが「Koga」という名前なんだけど、あれは甲賀のことだったのか。何十年も気づかないまま遊んでいた。

24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
日本語版だと名前が違っていて、地名がそのまま出ているのは英語版のほうだけらしい。ちなみに彼は後に娘が跡を継いでジムリーダーになるので、家業として引き継がれるところまで含めて忍者らしい設定になっている。

まとめ

忍者の黒装束は実像というより、舞台の上で「見えない人」を意味していた黒衣の記号が流用されたものだとされる。実際の忍びはその場に馴染む服を選び、夜の色も真っ黒より濃紺だったという。海外の反応で盛り上がったのは服の色よりも、客前に立っている人間を全員で見ないことにするという約束事のほうで、日本ではあまりに当たり前すぎて説明されない部分が一番驚かれていた。一方で「史実はわかったが黒装束のほうがかっこいい」という声も根強く、作られたイメージのほうがすっかり本物の座に収まっているのが伝わってくる。

元ソース: 忍者に制服はなく、任務に合った服装を選んでいた。黒装束のイメージは、観客が「見えない存在」として無視できるように黒い衣装を着ていた歌舞伎の裏方から来ている

コメント

  1. Reddit名無しさん より:

    とりあえず、サスケを観ろと。