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塹壕で病に倒れながらブラックホールを予言した男|シュヴァルツシルトとアインシュタイン宛ての最後の手紙【海外の反応】

塹壕で病に倒れながらブラックホールを予言した男|シュヴァルツシルトとアインシュタイン宛ての最後の手紙【海外の反応】 歴史

1916年、東部戦線の塹壕(ざんごう)で、ひとりのドイツ人物理学者が瀕死の床にいた。皮膚の難病に侵されながら、彼はノートにアインシュタインの「一般相対性理論」の方程式を書きつけ、世界で初めての厳密解を導き出した。それが、のちに「ブラックホール」の予言として知られる解だった。アインシュタインへの手紙に、彼はこう綴っている——「戦争は親切でね、あなたの理論の地を散歩する時間をくれたよ」。その数か月後、彼はこの世を去る。享年42。

今日の知ってた?

📏 1916年、第一次世界大戦の東部戦線で塹壕熱に倒れたドイツ系ユダヤ人物理学者カール・シュヴァルツシルトが、アインシュタインの場の方程式を世界で初めて解いた。その解はブラックホール※1の存在を理論的に予言するもので、現在「シュヴァルツシルト解」と呼ばれている。彼はその数か月後、42歳で病没した。

※1 ブラックホール:重力があまりに強すぎて、光すらも逃げ出せなくなった天体のこと。当時はまだ「ブラックホール」という呼び名はなく、計算上のあやしい点として扱われていた。

背景:シュヴァルツシルトという人物

カール・シュヴァルツシルト(1873〜1916)は、ドイツ・フランクフルト生まれのユダヤ系物理学者・天文学者。16歳で天体力学の論文を学術誌に発表したという早熟の天才で、ポツダム天体物理観測所の所長まで務めた、当時のドイツ天文学界の大物である。

第一次世界大戦が始まると、彼は40歳を超えていたにもかかわらず志願兵としてドイツ軍に加わった。出征の理由には諸説あるが、当時ドイツでは反ユダヤ主義(はんユダヤしゅぎ)がじわじわと強まっており、「自分も他のドイツ人と同じ愛国者だ」と示したかったのではないか、と歴史家は指摘している。

もう少し詳しく

方程式を解いたのは「塹壕の中」。1915年11月、アインシュタインは「一般相対性理論」の最終形となる場の方程式※2を発表した。極端に複雑な非線形の方程式で、アインシュタイン本人も「厳密解は当面出ないだろう」と考えていた。それから1か月後、東部戦線にいたシュヴァルツシルトは、砲弾計算の合間にこの方程式と格闘し、わずか数週間で球対称な質量の周りの厳密解を導き出してしまう。

※2 場の方程式:重力を「時空のゆがみ」として記述するアインシュタイン理論の中核。10個の連立偏微分方程式で、紙の上で解くのは絶望的に難しいとされていた。

解の中に現れた「事象の地平面」。彼の解には、ある半径より内側では時間と空間の役割が入れ替わってしまう奇妙な領域が現れた。これが今で言う「事象の地平面(じしょうのちへいめん)※3」であり、その半径は彼の名を取って「シュヴァルツシルト半径」と呼ばれる。太陽でこの半径を計算すると約3キロ、地球ではわずか9ミリ程度。当時は数学的なお遊びと受け止められたが、半世紀後の1960年代にブラックホール天体の発見へとつながっていく。

※3 事象の地平面:いったん中に入ってしまうと、光ですら外に出てこられない境界のこと。中で何が起きても外からは観測できない。

彼を蝕んだ病。戦地で彼が罹(かか)ったのは天疱瘡(てんぽうそう)と呼ばれる自己免疫疾患。皮膚と粘膜が広範囲で剥がれる難病で、当時は治療法もなかった。1916年3月、療養先のポツダムで死去。アインシュタインはプロイセン科学アカデミーで追悼の演説を行い、「彼の理論的洞察は、天文学の歴史において稀に見るものだった」と讃えた。

そして名前の話。ドイツ語で Schwarz=黒、Schild=盾。「黒い盾」という意味の名を持つ男が、よりにもよって「ブラックホール(黒い穴)」の存在を世界で初めて言い当てたのだ。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
何度聞いても震える話。名前を直訳すると「黒い盾」だぜ? その男がブラックホールを予言して、しかも事象の地平面の半径に自分の名前が永遠に残る。出来すぎだろ、神様も洒落(しゃれ)が利きすぎる。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
名は体を表すってやつだな。日本語でいう「名前負け」の正反対バージョン。

3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
ドイツ語民マウントすると、Schildは「盾」より「標識(看板)」の意味で使うことが多いんだよな。だから直訳だと「黒い看板さん」になる場合もある。それでも宇宙の闇に名前残してるのは変わらないけど。

4. 海外の名無しさん
アインシュタインに送った最後の手紙の一節、ほんとに泣ける。「戦争は親切でね、あなたの理論の地を散歩する時間をくれた」って、瀕死の戦場でだぞ。死を覚悟した人間がここまで他人の理論にワクワクできるって、人類のロマンの極み。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
本当に数学や物理を愛している人にとって、新しい理論で遊べる時間は痛みも忘れさせる薬なんだろうな。趣味の領域を超えた何かだ。

6. 海外の名無しさん
40過ぎてて、所長クラスの地位もあって、本来戦場に行く必要なんて全然なかった人なんだよ。それでも志願したのは、当時のドイツでユダヤ人への風当たりが強くなってて「自分は普通のドイツ人と同じく祖国のために戦える」って示したかったから、と言われてる。皮肉な話だ。

7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
忠誠心を示すために命を懸けて、結局その忠誠は数十年後にホロコーストで裏切られる。同時代のフリッツ・ハーバーも似た末路だったね。

8. 海外の名無しさん(>>6への返信)
歴史を勉強してて一番つらいのはこういう「報われない忠誠」の話。

9. 海外の名無しさん
詩人でもあり、物理学者でもあり、兵士でもあった。一人の人間にこれだけの肩書きが乗るって、19世紀末〜20世紀初頭の知識人の濃度ヤバすぎない?

10. 海外の名無しさん
シュヴァルツシルト半径って太陽だと3キロ、地球だとたった9ミリって聞いて毎回ゾッとする。地球を9ミリのビー玉までギュッと潰したら、ブラックホールになるんだぜ。スケール感がバグってる。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
人類1人を全部潰してシュヴァルツシルト半径計算したら、ナノメートルとかいう数字が出てくるよ。原子よりはるかに小さい。だから普通の物体はブラックホールにはなれない。

12. 海外の名無しさん
1915年にアインシュタインが論文出して、その1か月後にもう厳密解? しかも戦地で? 現代の研究者だってフルタイムでこのレベルの仕事するのに何年もかかるのに、化け物すぎる。

13. 海外の名無しさん
戦争で失われた才能の話、毎回胸が痛む。フランスの数学者ガロアは決闘で20歳で死んだけど、それまでに群論の基礎を作っちゃってた。シュヴァルツシルトもガロアも、もしあと20年生きてたら物理学・数学はどこまで進んでたんだろうか。

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
ガロアは戦争じゃなくて女絡みの決闘らしいぞ。それはそれで惜しいけど。

15. 海外の名無しさん
個人的にはアインシュタイン自身が「自分の理論の厳密解はまだ当分出ないだろう」って書いてた数週間後にこの解が送られてきたって話が好き。アインシュタイン本人の驚きっぷりが目に浮かぶ。

16. 海外の名無しさん
ブラックホール、シュヴァルツシルトが解を出した時点では「数学的にこんな変な領域が出てくるけど、現実にそんな天体は無いだろう」って扱いだったらしい。実際に観測されたのは1970年代の白鳥座X-1から。理論が現実に追いつかれるのに半世紀以上かかった。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
アインシュタイン本人も「ブラックホールなんてのは数学のあだ花で、自然界には存在しない」って晩年まで言ってたんだよな。発見されたのは彼の死後。

18. 海外の名無しさん
塹壕で偏微分方程式を解く41歳の物理学者と、その横で泥にまみれて死んでいく若者たち。同じ戦場にいた事実が、一番この話を残酷にしてる。

19. 海外の名無しさん
病気のせいで身体が動かなくなった結果、研究に集中せざるを得なくなった科学者って意外と多いよね。ホーキングもそうだったし。皮肉だけど、人類は「動けなくなった天才」に何度も助けられてる。

20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
むしろ「動ける天才」が現代社会だとSNSとかに時間溶かして終わってる説、ある。

21. 海外の名無しさん
俺、数学が全然できない側の人間なんだけど、こういう話を読むと「あの方程式の向こう側にはこんな世界があるのか」って遠くから景色を見るような気持ちになる。届かない国の絵葉書を眺めてる感じ。

22. 海外の名無しさん
息子のマルティン・シュヴァルツシルトも著名な天体物理学者になって、恒星進化論の基礎を作った人なんだよな。父さんがブラックホールで、息子が恒星の一生。家系が宇宙すぎる。

23. 海外の名無しさん
アインシュタインへの最後の手紙の原文を読むと、本当に死を恐れてないんだ。「散歩」って表現使えるのが信じられない。自分なら塹壕の中で恐怖と痛みでそれどころじゃないわ。

24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
精神力の話というより、彼にとって「物理の問題を考える」ことが現実逃避以上に居心地のいい場所だったんだと思う。本物の研究者の脳ってそういう構造してる。

25. 海外の名無しさん
名前が「黒い盾」で、ブラックホールを予言して、墓の上には満点の星空。これ以上ロマンチックな伝記ある? もう少し早く生まれて長生きしてたら、ノーベル賞を10回くらい取ってたかもしれない。お疲れさまでした、シュヴァルツシルト博士。

まとめ

戦場の塹壕で病に倒れながら、世界で初めてブラックホールの存在を理論的に示した男、カール・シュヴァルツシルト。海外の反応は「名前が黒い盾」という偶然への驚きと、瀕死でも他人の理論に夢中になれる科学者の不屈さに対する敬意で溢れた。動けなくなった天才が宇宙の最果てを描き出すという、一見矛盾した美しさが、100年経っても色あせない理由のようだ。

元ソース: 物理学者カール・シュヴァルツシルトは、第一次大戦の東部戦線で病に倒れながらアインシュタインの場の方程式を解いた話

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