「日本の1.2倍の国土に、840の言語がある」世界の言語の1割強が一国に集まっている理由とは?

「日本の1.2倍の国土に、840の言語がある」世界の言語の1割強が一国に集まっている理由とは? 文化・社会

人口はおよそ1000万人。国土は日本の1.2倍ほど。その一国のなかに、いま現に誰かの母語として使われている言語が約840ある——という数字が海外の掲示板で話題になっていた。世界中の「生きている言語」を全部数えてもおよそ7000とされるので、その1割強が、この国だけに集まっている計算になる。

※注:「生きている言語」とは、それを第一言語(母語)として身につけた話者がいま現在も存在する言語のこと。文献にしか残っていない古典語や、話者が絶えた言語は含まれない。数え方は言語目録によって多少ぶれる。

今日の知ってた?

🗣️ パプアニューギニアには 約840 の「生きている言語」があるとされ、これは国別で世界最多。世界の生きている言語(およそ7000)のおよそ12%にあたる。ただしこの840は数え方や版によって前後する概数であり、確定値ではない。

背景:パプアニューギニアという国

オセアニアの島国で、ニューギニア島の東半分と周辺の島々からなる。島の西半分はインドネシア領なので、ひとつの島を二つの国が分け合っている形になる。国土面積は約46万平方キロメートルで、日本のおよそ1.2倍。人口は1000万人前後と推計されているが、山奥まで調査が行き届かないため、統計には相当な幅があるとされる。

ここで一度、比率を並べてみるとこの話の異常さがはっきりする。世界人口に占めるこの国の割合は0.1%あまり。それでいて、世界の言語の1割強を抱えている。人口あたりの言語の密度が、桁で違う。

地形も特徴的である。最高峰は4500メートルを超え、山脈が国土を東西に貫き、その斜面を分厚い熱帯雨林が覆っている。道路網は限られていて、国内移動の主役がいまも小型飛行機という地域は珍しくない。首都ポートモレスビーにいたっては、国内の他の主要都市と道路でつながっていない。

公用語は英語、トク・ピシン、ヒリモツ、そしてパプアニューギニア手話の4つ。ただし日常生活で実際に使われているのは、大半の人にとってそのどれでもなく、自分が生まれた集落の言語である。

もう少し詳しく

なぜ、ここまで分かれたのか。まず、人が住み始めたのが古い。ニューギニア島に人類が渡ったのは4万年から5万年前とされ、これは世界的に見てもかなり早い部類に入る。次に、その場所で食べていけた。西部高地のクク湿地には7000年以上前の農耕の跡が残っていて、バナナやタロイモ、サトウキビの栽培はここが起点のひとつだと考えられている(この遺跡は世界遺産にも登録されている)。つまりこの島は、人類が独立に農耕を始めた数少ない土地のひとつだった。そして最後に、移動が難しかった。谷ひとつ隔てるだけで往復に何日もかかる地形では、隣の集団と日常的に言葉を合わせる必要が生まれない。古くから住んでいて、小さな範囲で自給でき、外に出る理由が乏しい。この三つが何百世代も続いた結果が、いまの数字である。

「パプア諸語」は、ひとつの語族ではない。ここが誤解されやすいところだと思う。この島の内陸で話されている言語は、まとめて「パプア諸語」と呼ばれることがあるが、これは地理的な呼び名であって、系統的なまとまりではない。実態は、互いに親戚関係のない数十の語族と、どの語族にも分類できない孤立した言語の寄せ集めである。加えて沿岸部には、東南アジアから太平洋へ広がったオーストロネシア語族の言語もあり、こちらは3000年ほど前に海から入ってきたとされる。

だから840という数字は、「ひとつの言語が840の方言に枝分かれした」という話ではない。成り立ちからして無関係な言語が、何百も並んで存在している。日本語と英語くらい遠い関係の言語同士が、車で数時間の距離に隣り合っている、と考えるとイメージが近い。

それでも会話は成り立つ——トク・ピシン。では国として機能しないのではないか、と思うところだが、共通語がある。トク・ピシンといって、英語をもとに生まれた言語である。名前からして「トク=talk」「ピシン=pidgin」で、語彙の大半は英語由来だが、文法は英語とは別物に組み替えられている。植民地時代のプランテーションや交易の現場で、出身地の違う人間が意思疎通するために自然発生し、いまでは国内で最も広く通じる言語になった。多くの人にとっては第二言語だが、都市部では母語として育つ子どももいる。

※注:ピジンとは、共通語を持たない集団同士が接触して間に合わせに作った簡易言語のこと。それが次の世代に母語として受け継がれた段階で「クレオール」と呼ばれる。トク・ピシンはすでにクレオール化が進んでおり、名前だけがピジンのまま残っている。

「840」はどこまで固い数字か。最後にここを押さえておきたい。言語と方言の線引きには、言語学だけでは決めきれない部分がどうしても残る。互いに通じるかどうかで切るのか、話者が別の言語だと認識しているかで切るのか、行政区分で切るのか。基準を変えれば数は動く。実際この国の言語数は、目録の版が変わるたびに830台だったり840台だったりと揺れている。「約840」は概数であって、確定値ではない。なお、島の西半分(インドネシア領)まで含めた場合、ニューギニア島全体の言語数は1000を超えるとする推計もある。そして840のうち相当数は話者が数百人から数千人規模とされ、消滅の危機にあると分類されている。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
インドネシア側に住んでいたことがある。歩いて行ける距離に別の集落があるのに、互いに会ったことがなくて言葉も通じない、ということが普通に起きる。地図の上では隣同士なのに。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
それは地形の影響が大きいと思う。特に山岳部は、直線距離で数キロでも間に谷がひとつ入るだけで往復に何日もかかる。「歩いて行ける」の意味が、平地の感覚とまるで違う。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
尾根の上に集落があって、いったん谷底まで下りて登り返さないと隣に行けない場所だと、隣の谷はもう外国みたいなものらしい。それが何百世代も続けば、言葉も別々の方向に転がっていく。

4. 海外の名無しさん
実生活で困らないのかと思ったら、トク・ピシンという共通語があるのか。全員が840通りに話しているわけではなくて、外に出るときはこれ、という一枚を各自が持っている感じなんだな。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
トク・ピシンの語彙が面白い。髪の毛は「gras bilong het」で、直訳すると「頭の草」。病院は「haus sik」で「病んだ家」。知っている単語だけで説明を組み立てていく発想が、聞いていて気持ちいい。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
一応の突っ込みだけど、トク・ピシンはもうピジンというよりクレオールに寄っている。親から子へ母語として渡り始めた時点で、それはもう間に合わせの言語ではない。名前だけがピジンのまま残っているという状態。

7. 海外の名無しさん
そもそも「840」ってどうやって数えたんだろう。言語と方言の線引きって、突き詰めると最後は誰かが決めるしかない部分が残る気がする。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
そこは昔からある問題で、「言語とは陸軍と海軍を持った方言のことだ」という有名な皮肉がある。スペイン語とポルトガル語はかなり通じ合うのに別言語で、中国各地の言葉は通じないのに方言と呼ばれている。線引きは半分政治だよ。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
だからこの国の数字も、目録の版が変わると830台になったり840台になったりする。細かい数を覚えるより「800を超えている」くらいの受け止め方が、たぶんいちばん実態に近い。

10. 海外の名無しさん
逆の例として韓国が興味深い。あそこも山だらけなのに言語はひとつにまとまった。安定した王朝が長く続き、川を使って国中で交易し、しかも王が識字率を上げるために新しい文字まで作っている。条件が真逆なんだよな。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
世宗大王のハングルだね。文字としては本当によく出来ていて、子音と母音の組み合わせが目で見て分かる設計になっている。ただ、文字が易しいことと言語が易しいことはまったく別の話なので、そこは覚悟したほうがいい。

12. 海外の名無しさん
日本人としては方言のことを考えてしまった。津軽の言葉と鹿児島の言葉は、正直なところ字幕なしだと厳しい。それでも全部ひとつの言語として数えられている。線の引き方ひとつで、この国の言語数だって変わる。

13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
実際、ユネスコが日本国内で消滅の危機にある言語として挙げたのは8つあって、そのうち6つは奄美から与那国までの南の島の言葉。あれは方言ではなく別の言語として数えられている。八丈島の言葉も入っているよ。

14. 海外の名無しさん
イギリスの方言があれだけ地域ごとに違うのも、根っこは同じ理屈だと思う。人が移動しなければ言葉は分かれていく。イギリスよりずっと広いアメリカのほうが方言差が小さいのは、ラジオと車が早い時期に行き渡ったから。

15. 海外の名無しさん
『銃・病原菌・鉄』でジャレド・ダイアモンドがこの島の話を書いていた。人が住み着いたのが古く、その場所で食べていけて、しかも移動が難しい。この三つが揃うと社会が細かく割れる、という説明だった。

16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
あの本は面白いんだけど、地形と環境で全部を説明しきる書き方には専門家からの批判もある。同じくらい険しくても言語がまとまった地域はあるわけで、地形は必要条件ではあっても十分条件ではないんだと思う。

17. 海外の名無しさん
前に読んだ論文に、消滅寸前の言語の辞書を研究者が完成させて最後の話者たちに手渡したら、まったく興味を示さなかった、という話があった。言語が消えることをどう思うか聞いても「別に」と。自分たちにとって言葉は道具のひとつでしかない、と。

18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
それは本人たちの受け止め方であって、記録する意義がなくなるわけではないと思う。ひとつの言語には、その集団が何世代もかけて世界を切り分けてきた見方が畳み込まれている。失われるのは会話の手段だけではない。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
一方で、外から来た人間が「貴重だから残してくれ」と言うのは、相手の暮らしを博物館の展示にしているだけではないか、という批判もある。残すためのコストを実際に払うのは、結局その土地の人たちだから。

20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
落としどころは、記録だけは徹底的に取る、使い続けるかどうかは話者が決める、というあたりじゃないかな。録音と辞書さえ残っていれば、後の世代が取り戻したくなったときに戻れる。実際に復活した言語の例もある。

21. 海外の名無しさん
文字を持たない文化だと、言語が消えることがそのまま歴史が消えることになる、というのが重い。歌や口伝で受け継いできたものは、話者が途切れた瞬間に丸ごと消える。書き留められていないものは、探しに行く先がない。

22. 海外の名無しさん
ニューギニア島の大きさを知って驚いた。グリーンランドに次ぐ世界2位の島なんだな。メルカトル図法だと赤道の近くにあるぶん小さく描かれるから、地図の印象より実物がずっと大きい。

23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
メルカトルがグリーンランドを誇張しているのは事実だけど、補正してもグリーンランドのほうが3倍近く大きいよ。図法の話題になると振り子が逆に振れすぎて「実はほぼ同じ」まで行きがちなので、そこだけ。

24. 海外の名無しさん
この島、農耕が独立に始まった数少ない土地のひとつでもあるのが渋い。西部高地の湿地に7000年以上前の水路の跡が残っていて、バナナやタロイモの栽培はここが起点のひとつと考えられている。世界遺産にもなっている。

25. 海外の名無しさん
世界の言語がひとつにまとまったほうが便利だ、という意見をたまに見るけれど、自分は反対したい。母語プラス共通語の二本立てで全員がやっていく世界のほうがいいし、実際いま向かっているのもそっちの方向だと思う。

まとめ

パプアニューギニアには約840の「生きている言語」があるとされ、これは国別で世界最多。世界の生きている言語のおよそ12%が、世界人口の0.1%あまりしかいないこの国に集まっている計算になる。理由としては、人が住み始めたのが4万年以上前と古いこと、7000年以上前から農耕が成り立つ豊かな土地だったこと、そして谷ひとつ越えるのに何日もかかる地形で外に出る理由が乏しかったこと、が挙げられる。しかもこれらは「ひとつの言語が枝分かれした」ものではなく、成り立ちからして無関係な数十の語族が並んでいる状態だという。コメント欄は、地形の話から「そもそも言語と方言の線はどこで引くのか」という定番の議論に流れ、日本の方言や英国の訛りとの比較を挟みつつ、最後は「言語を残すのは誰のためか」という一段深いところへ落ちていった。答えの出ない問いだが、840という数字が毎年少しずつ減っているのは確からしい。

元ソース: パプアニューギニアには約840の生きている言語があり、これは国別で世界最多。世界の生きている言語のおよそ12%にあたる

コメント

  1. Reddit名無しさん より:

    第18軍が日本語しゃべってて滅亡しちゃったぽいね

  2. Reddit名無しさん より:

    むか~し、言語学をちょっと勉強してた時にニューギニアの言語で研究してた日本人言語学者しか知らない消滅した言語があるって知った。

  3. Reddit名無しさん より:

    そもそも言語ってのは集団ごとに次第にバラバラになる訳だけど、国のような物で統一されてく訳で
    要するにそういうガバナンスが働かない社会だったって事でしょ?