「モーツァルト」と聞けば、たいていの人はあの天才ヴォルフガングを思い浮かべる。でも彼には4歳半ほど年上の姉がいて、その姉もまた、幼いころは弟に負けないと言われた神童だった——という事実は、あまり知られていない。
今日の知ってた?
🎹 モーツァルトには4歳半ほど年上の姉ナンネル(マリア・アンナ)がいた。彼女も幼いころは弟と並ぶ神童としてヨーロッパを演奏旅行して回ったが、17歳ごろ「結婚適齢期」を理由に演奏活動の道を絶たれ、その作曲作品は一枚の楽譜も現存していない。
背景:ナンネル・モーツァルトとは
姉の名は、マリア・アンナ・ヴァルブルガ・イグナティア・モーツァルト。家族からは「ナンネル」の愛称で呼ばれていた。1751年、音楽の都ザルツブルクに生まれ、宮廷音楽家だった父レオポルトから鍵盤楽器の手ほどきを受けると、たちまち評判の神童に育つ。まだ幼い弟ヴォルフガングを連れ、両親とともにヨーロッパ各地を演奏して回った少女時代——その頃は、むしろ姉のほうが主役だった時期もあったという。やがて弟の名が世界に轟く一方で、彼女の名前は静かに歴史の裏側へと回っていった。
もう少し詳しく
なぜ、演奏をやめなければならなかったのか。幼いころは弟と並んで喝采を浴びたナンネルだが、17歳ごろ、いわゆる「結婚適齢期」にさしかかると、公の舞台に立ち続けることは難しくなった。当時、大人の女性が職業音楽家として各地を巡業することは「たしなみに欠ける」とみなされ、父レオポルトはその後、弟ヴォルフガングだけを連れてイタリアへ旅立っている。才能ではなく、時代の常識が彼女の道を閉ざしたのだ。
弟は、姉の音楽を認めていた。ヴォルフガングは手紙の中でナンネルが書いた曲をほめ、自分の新作を真っ先に姉へ送っては感想を求めていた。幼いころ二人で即興の掛け合いをして遊んだ記憶が、後年の「呼びかけと応答」のような旋律に影を落としている、という見方もある。少なくとも弟にとって、姉は対等に音楽を語り合える数少ない相手だった。
同じ時代に、よく似た人がもう一人。作曲家フェリックス・メンデルスゾーンの姉ファニーもまた優れた作曲家だったが、「女性が作品を発表するのははしたない」という空気の中で、その曲のいくつかは弟フェリックスの名義で世に出た。才能があっても、そもそも名前を出す場所が与えられない——これはナンネル一人の不運ではなく、その時代を生きた多くの女性に共通する物語だった。
そして、彼女の音楽は残らなかった。ナンネルが作曲をしていたことは記録に残っているが、その楽譜は一枚も現存していない。晩年の彼女は視力を失い、暮らしも楽ではなかったと伝えられる。人生の最後にした大きな仕事は、先立った弟ヴォルフガングの伝記のために、幼いころの思い出を書き残すことだった。神童だった少女は、弟の物語を語り継ぐ人として、その生涯を終えたのである。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
17歳で演奏の道を絶たれて、そのあとは家でピアノを教えるだけ…。才能の問題じゃなく「女だから」で終わらされたのが切なすぎる。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
しかも作曲もしてたのに、楽譜が一枚も残ってないんだよね。弟が「君の曲は美しい」って手紙に書いてたのに、その曲すら今はもう聴けない。
3. 海外の名無しさん
弟のヴォルフガングと一緒にヨーロッパ中を回ってた頃は、姉のほうが人気だった時期もあったらしい。子供の神童ってだけなら、姉のほうが先輩だからな。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
当時の公演の告知でも二人セットで売り出してたみたいだね。父レオポルトは完全に「我が家の神童ツアー」を仕切るプロデューサーだった。
5. 海外の名無しさん
姉の話とは別だけど、モーツァルトはムクドリを飼っててその鳴き声を曲に取り入れてたって話も好き。鳥が死んだときは葬式まで挙げたらしいよ。
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
鳥に葬式て。でも、そういう人間くさいところが余計に好きになるポイントなんだよな。天才って変人と紙一重だわ。
7. 海外の名無しさん(>>5への返信)
国が変わると鳥の鳴き声も全然違うって、初めて海外へ行ったとき驚いた。彼が聴いてたムクドリの声、今の私たちには一生わからないんだと思うと、ちょっと切ない。
8. 海外の名無しさん
「ナンネルも同じく“モーツァルト”です」ってコメントしてる人がいて笑った。言われてみれば当たり前だけど、姓はモーツァルトなんだよな。
9. 海外の名無しさん
こういう「時代に埋もれた才能」って、きっと歴史上に星の数ほどいるんだろうな。名前が残ってるだけ、ナンネルはまだ幸運なほうなのかもしれない。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
同時代にも今は誰も知らない凄い音楽家が大勢いた、って記事を読んだことある。ビートルズは残るけど、同じ時代の他のバンドは忘れられていくのと同じだね。
11. 海外の名無しさん
実は似たような話でファニー・メンデルスゾーンっていう人もいる。作曲家フェリックスの姉で、彼女の曲が弟の名義で出版されてたこともあったとか。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
その時代、女性が作曲家として名前を出すこと自体がタブーだったんだよね。才能の有無じゃなくて、そもそもスタートラインに立たせてもらえなかった。
13. 海外の名無しさん
33歳で馬車で6時間かかる村へ嫁いで、夫の連れ子まで育てて…。かつて喝采を浴びた神童の後半生としては、静かすぎる人生だ。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
夫と死別してからザルツブルクに戻って、また演奏と指導を再開したっていうのが、せめてもの救いだな。音楽そのものを手放してはいなかったんだ。
15. 海外の名無しさん
晩年は目が見えなくなって、生活も苦しかったらしい。弟の伝記作りに協力したのが最後の大きな仕事だったって聞くと、なんとも言えない気持ちになる。
16. 海外の名無しさん
それにしても肖像画の髪型すごくない?と思ったら、あの時代のカツラって馬や山羊、人の毛だったんだよね。手入れだけでも一苦労だったろうな。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
牛の毛ではなかったらしい。そこだけやけに詳しい情報が飛んできて、思わず二度見したよ。
18. 海外の名無しさん
「私の名はナンネル」っていうシットコムがあったら普通に観たい。天才弟に振り回される姉のホームコメディ、絶対おもしろいやつだろ。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
実際に彼女を主役にした映画やドラマはいくつかあるみたいよ。フランス映画の『モーツァルトの姉』とか、探すと意外と出てくる。
20. 海外の名無しさん
才能って生まれつきか教育かって議論になりがちだけど、二人は同じ父親に同じように仕込まれたわけで。同条件で育っても差は出る、ということなのかもね。
21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
というか父レオポルト自身がそこそこ有名な音楽家で、作曲もしていた人。あの家庭環境なら、素質と英才教育の両輪がそろっていたんだと思う。
22. 海外の名無しさん
弟の陰に隠れたお姉ちゃん、みたいな軽い話かと思って開いたら、想像より何倍もしんみりした。教えてくれてありがとう、この人のことちゃんと覚えておくよ。
まとめ
神童だった姉ナンネルは、才能ではなく時代の常識によって表舞台を去り、作曲作品も一枚残らなかった——。コメント欄では「切なすぎる」というしんみりした声と、ムクドリを愛した弟の逸話やファニー・メンデルスゾーンといった「埋もれた才能」への連想が交錯し、最後は「軽い話かと思ったら想像よりずっと沁みた」という余韻でしめくくられていた。

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