燃料に海水が混じり、太平洋のど真ん中で完全に動けなくなった潜水艦。無線も死に、助けは呼べない。乗員たちが取った最後の手段は、なんとハンモックとシーツで「帆」を張ることだった。鉄の塊が、風だけを頼りに港を目指す——1921年に実際にあった話です。
※注:「ノット」は船の速さの単位で、1ノットは時速約1.85km。歩く速さよりやや遅いくらいです。
今日の知ってた?
⛵ 1921年、米海軍の潜水艦R-14は燃料切れで航行不能に。乗員はハンモックやベッドシーツで3枚の即席の帆を張り、約64時間かけてハワイのヒロ港まで自力で帰還した。
背景:潜水艦R-14とは
R-14は第一次大戦中の1916年に設計され、戦後の1920年に就役した米海軍のR級潜水艦です。当時の潜水艦は今のような原子力ではなく、水上ではディーゼルエンジン、潜水中はバッテリーで動くのが普通でした。1921年5月、ハワイ沖で行方不明になった別の船を捜索していたR-14は、燃料タンクに海水が混入してディーゼルが動かなくなり、おまけに無線も故障。ハワイの南およそ160海里(約300km)の海上で、完全に立ち往生してしまいます。
もう少し詳しく
ハンモックとシーツで帆を作った。バッテリーはわずかしか残っておらず、このままでは漂流するだけ。そこで乗員たちは、艦内のハンモックの布やベッドシーツをかき集め、艦の構造物を支柱にして即席の帆を仕立てました。最初は1枚の帆で進み、舵が効くと分かると枚数を増やして最終的に3枚に。風を受けた潜水艦はゆっくりと、しかし確実に動き出します。速度はおよそ2ノット(時速約3.7km)と、設計速度のわずか5分の1ほど。それでも「水上で死んでいる」よりはるかにマシでした。約64時間の帆走の末、5月15日の朝、R-14は残ったバッテリーで最後の推進をしながらヒロ港に入港。乗員は全員無事でした。後年、この一件は艦の「速度」の項目に「帆走時2ノット」と記録されることになります。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
1921年の時点で潜水艦がもう普通に存在してたことのほうに驚いてる。なんとなく第二次大戦のイメージしかなかった。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
それどころか実用的なものなら1600年代後半には作られてたよ。ごく原始的だけど、ちゃんと潜って浮上できたらしい。
3. 海外の名無しさん
元海軍の潜水艦乗りだけど、この話は「最高にかっこいい」と「最高にバカバカしい」が完全に同居してて笑うしかない。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
潜水艦乗りって本当にしぶといよね。死ぬまで諦めない人種って感じがする。
5. 海外の名無しさん
ハワイの南160海里に取り残されて、まず「帆を張ろう」って発想にたどり着くのが凄い。普通はパニックで終わる。
6. 海外の名無しさん
要は風力で進んで、その勢いでスクリューを回して回生ブレーキみたいにバッテリーを充電したってことでしょ。発想が現代のEVなんだけど。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
1921年に回生充電をやってのけたと思うとちょっと感動する。理屈は同じだもんね。
8. 海外の名無しさん
2ノットってほぼ歩くより遅いんだけど、それでも64時間粘って港までたどり着いたんだから立派すぎる。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
「よく進んだ」とは言えないけど「水上で死んでる」よりは天と地ほど違うからね。生きて帰れたのが全て。
10. 海外の名無しさん
鉄の潜水艦がベッドシーツの帆で進んでる絵面を想像すると、どうしても笑ってしまう。当事者は必死だったろうけど。
11. 海外の名無しさん
似た話だと、第二次大戦で空母イントレピッドが魚雷で舵をやられて、ぐるぐる円を描くことしかできなくなったとき、甲板に帆を張って針路を立て直して帰ったって逸話がある。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
うちの大叔父がまさにそのイントレピッドに乗ってたよ。事件翌日の命令書を生涯大事に取ってた。「魚雷が当たった場所に近づくな」って内容だったらしい。
13. 海外の名無しさん(>>11への返信)
イントレピッドは今ニューヨークで博物館になってるよね。甲板にスペースシャトルを載せる瞬間を、すぐ横の水上タクシーから見たことがある。あれは一生の思い出。
14. 海外の名無しさん
これ完全に映画『ダウン・ペリスコープ』のノリじゃん。ポンコツ潜水艦で無茶やるやつ。現実のほうが先輩だったとは。
15. 海外の名無しさん
乗員、あの潜水艦をマクガイバー並みにDIYで何とかしてて笑う。あるものでなんとかする精神が振り切れてる。
16. 海外の名無しさん
車のバッテリーが上がったとき、坂で押しがけしてエンジンかけるやつあるじゃん。あれの超巨大版を太平洋でやったと思うと頭がおかしい(褒めてる)。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
「十分スピード出れば、クラッチ繋いでエンジン回せるはずだ」って誰かが言い出したんだろうな、と勝手に想像してる。
18. 海外の名無しさん
Wikipediaのこの艦のページ、スペック表の「速度」の欄に堂々と「帆走時:約2ノット」って書いてあって、それで笑いが止まらなくなった。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
潜水艦のスペックに「帆走速度」が載ってる時点で字面がもうおかしい。誰がこの項目を真顔で書いたんだ。
20. 海外の名無しさん
設計速度の5分の1とはいえ、間に合わせの布の帆でそこまで出たのは普通に凄い。条件もよっぽど良かったんだろうな。
21. 海外の名無しさん
英語だと船は「彼女(she)」って女性扱いするの、こういう逸話を読むと妙にしっくりくる。「彼女、最後まで頑張った」みたいな。
22. 海外の名無しさん
1916年に設計が始まった船がこういう機転で全員生還させたんだから、設計も乗員も十分立派だったってことだよね。
23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
結局いちばん頼りになったのが最新装備じゃなくて「布と度胸」だったのが、なんとも人間味があっていい話。
24. 海外の名無しさん
無線も死んで助けも呼べない状態で、誰も死なずに自力で帰ってきたっていうのが一番すごいところ。運だけじゃ無理。
25. 海外の名無しさん
こういう「あるもので生き延びた」系の話、何回読んでもいい。最先端より創意工夫が勝つ瞬間って胸が熱くなる。
まとめ
1921年、燃料切れと無線故障で太平洋に取り残された米潜水艦R-14が、ハンモックとシーツの即席の帆で約64時間帆走し、乗員全員が無事帰還した実話。コメント欄は海軍乗員の機転への賞賛、空母イントレピッドの「帆走」逸話、「鉄の潜水艦がシーツで進む」絵面へのツッコミで盛り上がり、最先端より創意工夫が勝った瞬間に多くの人が胸を熱くしていました。


コメント
現行の艦でも可能なのか