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モナ・リザ|500年解けなかった「彼女は誰?」の答えは、古い本の余白に眠っていた

モナ・リザ|500年解けなかった「彼女は誰?」の答えは、古い本の余白に眠っていた 技術・発明

世界で最も有名な絵画、モナ・リザ。しかし「あの女性は誰なのか」「いつ描かれたのか」は、実は500年近く決着がついていなかった。レオナルド・ダ・ヴィンチ本人がノートに一言も触れていなかったからだ。決め手は意外な場所から出てきた。2005年、ドイツの研究者が古い書物の余白に書かれた手書きメモを発見し、そこから一気に「1503年、リザ・デル・ジョコンドの肖像」と確定する。世紀の名画の身元証明書は、図書館の本の隅っこに眠っていたのである。

今日の知ってた?

🎨 モナ・リザのモデルと制作年は、2005年にハイデルベルク大学の研究者がキケロの1477年版書物の余白で見つけた手書きメモにより確定した。メモを書いたのはフィレンツェの役人アゴスティーノ・ヴェスプッチ、年代は1503年10月。「レオナルドは今、リザ・デル・ジョコンドの肖像を制作中」と明記されていた。

※ キケロ:紀元前1世紀の古代ローマの政治家・哲学者。彼の著作はルネサンス期の知識人に必読の古典として読み継がれた。

背景:500年解けなかった謎

モナ・リザがリザ・デル・ジョコンドという実在の女性を描いたものだ、という説は、実は16世紀から存在していた。出どころはジョルジョ・ヴァザーリの『美術家列伝』(1550年)。彼は「フィレンツェの商人フランチェスコ・デル・ジョコンドが、妻リザの肖像をレオナルドに依頼した」と書き残している。

※ ジョルジョ・ヴァザーリ:ルネサンス期の画家・建築家・伝記作家。『美術家列伝』はミケランジェロら同時代の芸術家を扱った美術史の古典。

ところが、これがなかなか信用されなかった。理由は二つある。一つは、ヴァザーリが伝聞や逸話を好み、史実より物語性を優先する癖があったこと。もう一つは、肝心のレオナルド本人が、膨大な手稿の中でモナ・リザにただの一度も言及していなかったことだ。完成までに約4年、その後も死ぬまで本人が手元に置いた絵——なのに、本人の言葉が一つも残っていない。「リザ・デル・ジョコンド説」は長らく仮説の一つに過ぎず、別の貴婦人説、愛人説、果ては「レオナルドの自画像を女装させた」説まで、ありとあらゆる候補が500年間ささやかれ続けた。

もう少し詳しく

決め手は、古典本の余白の落書きだった。2005年、ハイデルベルク大学の図書館で、フィレンツェの役人アゴスティーノ・ヴェスプッチ——あの探検家アメリゴ・ヴェスプッチの親戚にあたる人物——が1477年版のキケロの書物に書き込んだメモが見つかった。日付は1503年10月。「レオナルドは古代の名画家アペレスと肩を並べる存在だ。現に今、リザ・デル・ジョコンドの肖像に取り組んでいる」と書かれていた。これでヴァザーリの記述は単なる伝聞ではなく、同時代人による現場証言として裏付けられ、550年越しの論争に終止符が打たれた。

※ アペレス:紀元前4世紀の古代ギリシアの画家。アレクサンドロス大王の専属絵師で、ルネサンス期には「画家の最高峰」の代名詞だった。

レオナルドはなぜ完成させなかったのか。1503年に着手しながら、レオナルドはこの絵をパトロンに引き渡さず、晩年フランスに移ったときも持ち歩いた。一説には未完成だったから、もう一説には完成しても本人が手放さなかったから。後者の根拠として、晩年のフランスで彼は一種の「観光名所」となっており、訪問者にこの絵を見せて披露していたという記録がある。注文主が払った代金も、結局は別の方法で返されたらしい。

「世界で最も有名」は意外と最近の話。モナ・リザが現代のような特別扱いを受けるようになったのは、実はそう古くない。ナポレオンが一時期自室の寝室に掛けていたことで存在感が出始め、決定打は1911年の盗難事件。ルーヴル美術館から忽然と姿を消した2年間、世界中の新聞が連日報じ続けたことで、絵画はただの肖像画から「神話」に変わった。レオナルドの生前、この絵は「上手だが彼の数ある仕事の一つ」程度の扱いで、本人にとっても代表作という意識はなかった可能性が高い。

※ ナポレオン:ナポレオン・ボナパルト。19世紀初頭のフランス皇帝。ルーヴル所蔵作品を一時期私的に運用していた時代がある。

レオナルドの完成作はたった20点未満。万能の天才と呼ばれた彼だが、絵画として完成させ署名・確証のある作品は20点に満たない。発明スケッチや解剖図を含めれば膨大だが、いわゆる「絵」となると、モナ・リザは全作品の約5%を占める計算になる。これだけ少ない完成作の中の一枚なら、世界中で愛でられても本人は意外と納得するのかもしれない。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
モデルになった本人は、自分が史上最も有名な女性の一人になるなんて夢にも思わなかっただろうな。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
そりゃそうだ。レオナルドが絵を一生手元に置いてたんだから、リザ本人は完成品を見たかどうかも怪しい。注文した夫もさぞ困惑しただろう。「俺の妻の肖像、いつ届くんだ」って500年待ち。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
ビジネスメールで言う「先日のご依頼の件、その後いかがでしょうか」を500年やられた感ある。

4. 海外の名無しさん
そもそも世界一分析された絵画が、決め手は「他人が書いた本の余白の落書き」って点が一番衝撃なんだが。X線とか赤外線とか、最新技術を山ほど投入してきたのに、結局は500年前の役人の独り言で確定するの、なんかすごく良い。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
歴史研究あるあるだよ。決定的証拠は意外と地味なところに眠ってる。古文書を読み込む地道な人間がいないと、いくら理系の機械があっても答えは出ない。

6. 海外の名無しさん
ヴェスプッチさん、まさか自分の落書きが500年後に世紀の発見になるとは思ってなかっただろう。ノートの隅に書いた愚痴が後世の論文になるみたいな話。

7. 海外の名無しさん
絵のタイトルが「モナ・リザ」と「ラ・ジョコンダ」で、依頼主の名字が「ジョコンド」で、奥さんの名前が「リザ」。これ全部揃ってて、550年気付かなかったの普通に間抜けでは?

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
当時の学者「いやいや、こんな単純な答えのわけがない、絶対もっと深い意味が…」をひたすら繰り返してきた結果が550年。学問の業みたいなものだな。

9. 海外の名無しさん(>>7への返信)
推理小説の犯人が最初から名前で示唆されてるパターン。読者だけが気付けない。

10. 海外の名無しさん
レオナルドが完成品を持ち歩いてた件、ロマンチックに解釈する人多いけど、単に納期に間に合わせる気がなかった可能性も普通にあるよね。万能の天才=大遅刻魔という説、結構しっくり来る。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
ミラノ公の壁画を未完成で放置した前科とかもあるから、もう常習犯だよ彼。「最後の晩餐」も技法の実験しすぎて剥がれかけてるし。

12. 海外の名無しさん
モナ・リザが世界一有名になったのって、絵の出来というより1911年の盗難事件の影響が決定的だよな。2年間ニュース一面を独占して、見つかった時にはもう神話化してた。盗難がなかったら、ルーヴルの片隅で普通に飾られてるだけだった可能性。

13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
犯人が「イタリアの宝をフランスから取り戻すんだ」みたいな愛国主義者だったのも物語性に火をつけたよね。窃盗事件まで美談化される絵って他にない。

14. 海外の名無しさん
ルーヴルで実物を見たとき、想像の3分の1のサイズで衝撃を受けた。隣にあったヴェロネーゼの巨大画はガラガラなのに、モナ・リザの前だけ人だかり。みんな知名度を見に来てるんだなと痛感した。

15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
あれは絵を見るというより、絵を見てる自分のスマホ画面を見に行くイベントになってる。

16. 海外の名無しさん
リザ・デル・ジョコンドの人生もちょっと気になる。15人くらいの子を産んだ普通のフィレンツェの主婦で、絹商人の妻、夫より長生きして80歳近くまで生きたらしい。本人はモデルになった謝礼として何かもらえたのかな。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
そもそも絵が完成・納品されなかったわけだから、謝礼も発生してない可能性が高いんだよな。当時の契約書もちょっと見てみたい。

18. 海外の名無しさん
レオナルドの完成絵画って20点くらいしかないんだよね。それを思うと「モナ・リザばかり持て囃される」って嘆くのは違うかもしれない。母数が少ないんだから、1点が突出して有名になるのは自然な分布。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
「最後の晩餐」もモナ・リザと並ぶ知名度だし、結局は彼の絵の大部分が誰でも知ってる作品なんだよな。打率10割の画家。

20. 海外の名無しさん
個人的に好きな話は、レオナルドが「アペレス並み」と評されてた点。古代ギリシアの伝説の画家と同列に並べられるって、当時の評価としては最大級の褒め言葉。生前から「神」扱いだったわけだ。

21. 海外の名無しさん
リザのことを「ほぼ誰も名前も人となりも知らないのに、ただ西洋人全員が彼女の顔だけは知ってる」って状況、考えてみるとちょっと不思議で美しい。一人の女性の何気ない瞬間が、絵の具の筋になって永遠に残る。目がある限り、彼女のけだるい微笑みは見つめられ続ける。なんかこう、うまく言葉にできないけど嬉しい気持ちになる。

22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
500年後に名前のない自分が世界中の人にうっすら覚えられてる、と想像するとちょっと夢があるな。永遠の名前ではなく、永遠の表情を残したわけだ。

23. 海外の名無しさん
ルネサンス期のフィレンツェ、こういう細かい一次資料がまだ眠ってる可能性あるんだよな。各地の修道院や大学図書館の古書、まだ全部読まれてないわけで。次の世紀の名画の謎も、すでにどこかの本の余白で答え待ちかもしれない。

24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
古文書学者がAIで一斉スキャンしたら、明日にでも何か出てきそうな気がする。歴史の解錠が一気に進むタイミングが近いのかもね。

25. 海外の名無しさん
モナ・リザ、答えが出てしまったらしまったで、ちょっと寂しい気もする。500年「誰だろう」と想像する余地があったから、あの微笑みも余計に意味深に見えてたわけで。確定した今、絵としての魅力は逆に減ったりするんだろうか。

まとめ

2005年、ハイデルベルク大学のある研究者が古典本の余白で見つけた1503年の手書きメモ——たったそれだけが、500年揺れ続けたモナ・リザの身元論争に決着をつけた。注文主の妻リザ・デル・ジョコンド、制作開始は1503年10月。コメント欄では「決め手が最先端技術ではなく、誰かの落書きだった」というロマンに感心する声と、「絵の名前と依頼主の名字を550年見過ごしてた学者たち、間抜けすぎでは」というツッコミが両立していて面白い。一人の女性の何気ない微笑みが、図書館の隅の一行で500年越しに名前を取り戻した——そういう静かな逆転劇である。

元ソース: モナ・リザのモデルと制作年は、2005年に発見された書物余白の手書きメモで確定した

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