「世界一有名な中国人奇術師」として一世を風靡したチャン・リン・スー。だが彼が舞台で流暢に呪文を唱えても、記者会見で通訳を挟んでも、その正体はニューヨーク生まれのアメリカ人だった。そして彼が”人前で”英語を口にしたのは、生涯でたった一度――弾丸を受け損ねて撃たれた、その最期の瞬間だけだったという。
※注:弾丸受け(bullet catch)とは、観客の前で発砲された銃弾を歯や手のひらで受け止めてみせる奇術。実際には弾を発射しない仕掛けだが、火薬と本物の銃を扱うため事故のリスクが高く、歴史上何人もの奇術師が命を落としている。
今日の知ってた?
🎩 「中国人奇術師」チャン・リン・スーの正体は、ニューヨーク生まれのアメリカ人ウィリアム・エルズワース・ロビンソンだった。彼は本物の中国人マジシャンチン・リン・フーの芸と役柄をそっくり模倣し、舞台上でも私生活でも中国人になりすまし続けた。助手たちは”中国人の家族”を演じ、公の場では英語を話さず通訳を介した。そして1918年、危険な奇術「弾丸受け」の失敗で撃たれたとき、彼は初めて人前で英語をしゃべった――それが最期の言葉になったのである。
背景:チャン・リン・スーとは
19世紀末から20世紀初頭の欧米では、「東洋=神秘」というイメージが一大ブームになっていた。万国博覧会や見世物興行を通じて広まった”オリエンタリズム(異国趣味)”の空気の中で、ターバンを巻いたインドの行者や、辮髪(べんぱつ)の中国人奇術師は、その姿だけで観客の想像力を掻き立てる存在だった。ロビンソンもかつてはインドの行者「ナナ・サヒブ」やトルコ人「アブドゥル・カーン」を演じており、”異国の魔術師”になりきるのはお手のものだったという。
転機は、本物の中国人奇術師チン・リン・フーがアメリカ巡業に来たときだ。チンは「自分の水鉢の芸を再現できたアメリカ人には1000ドル(現在の価値で約4万ドル)払う」と挑発した。ロビンソンは見事に再現してみせたが、チンは約束の金を払わなかった。この一件でロビンソンは復讐を決意する。チンの芸から人物設定まで丸ごと模倣し、「チン・リン・フー」に音を寄せた「チャン・リン・スー」を名乗って、自分の一座を旗揚げしたのだった。
もう少し詳しく
役作りは舞台の外まで及んだ。ロビンソンのなりすましは芸の域を超えていた。触れ込みは「老師アー・ヒーに古代の秘術を仕込まれた、身寄りのない中国人奇術師」。助手の女性とその娘は「スイ・セン」「リトル・バンブー・フラワー」という中国名で”家族”を演じ、彼自身は公の場では一切英語を話さず、記者会見でも通訳を介して受け答えした。西洋人らしい顔立ちについては「父がスコットランド人だから」と説明してごまかしていたという。
ロンドンでの直接対決。皮肉なことに、本物のチン・リン・フーとチャン・リン・スーは、同じ時期にロンドンで興行していた。業を煮やしたチンは公開の”魔術対決”を挑み、スーが偽物であることを白日の下に晒そうとした。ところが観客はスーの正体になどまるで興味がなく、対決はうやむやに。結果的にスーが「元祖・中国人奇術師」の称号を勝ち取り、本物のチンのほうがイギリスを去るという逆転劇になってしまった。
弾丸受けの失敗、そして最期。1918年、ロンドン近郊の劇場で、スーは十八番の「義和団の処刑」(弾丸受けの演目)を披露していた。中国風の甲冑を身にまとい、皿で受け止めた弾丸を客に見せる――はずだった。だが銃の構造に落とし穴があった。彼は火薬と弾を節約するため銃をきちんと空撃ちして片付けず、そのせいで銃身内に未燃焼の火薬がたまっていた。その残留火薬に引火し、本来発射されないはずの実弾が胸を撃ち抜く。倒れたスーが発したのが「Oh my God. Something’s happened. Lower the curtain.(なんてことだ、何かが起きた。幕を下ろせ)」――生涯人前で封印してきた英語だった。翌日、彼は病院で息を引き取り、観客は初めて”中国人奇術師”が実はアメリカ人だったと知って衝撃を受けた。空席になった「元祖・中国人奇術師」の座には、皮肉にも本物のチン・リン・フーが返り咲いたのである。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
「英語を話したのは撃たれた瞬間が最初で最後」って字面が強すぎる。役者としては大失敗なんだけど、ある意味これ以上ないくらい”役を全うした”死に方でもあって、なんとも複雑な気持ちになる。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
舞台の上で最後まで演じきる…わけにもいかず、素が出た瞬間が今わの際の英語、っていうのが本当に演劇的すぎる。脚本家が書いたら「さすがにやりすぎ」って直されるやつ。
3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
最期の台詞が「幕を下ろせ」なのも効いてる。奇術師としての矜持なのか、ただ客に無様な姿を見せたくなかっただけなのか。どっちにしても格好がつきすぎていて、逆にせつない。
4. 海外の名無しさん
これ、映画『プレステージ』で見たやつだ。水鉢を消すマジックの人だよね。あの映画のあの場面が、実在の事件を下敷きにしてたって知って背筋がぞわっとした。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
『プレステージ』では役名もそのまま「チャン・リン・スー」で出てくるよ。普段から足を引きずる老人のふりをして、水槽を隠し持ってるっていう伏線もこの人が元ネタ。役者魂まで含めてモデルにされてる。
6. 海外の名無しさん
最初は「中国人になりすますとか最低だな」と思って読んでたのに、”報酬を踏み倒された腹いせ”っていう背景を知ったら、なんだか妙に納得してしまった。人間の動機って複雑だ。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
今の価値で約4万ドルだからね。当時なら家が一軒買えたって話もあるくらい。それをタダ働きさせられたら、そりゃ執念で相手の芸を丸ごとパクりにいくのも分かる気がしてくる。
8. 海外の名無しさん(>>6への返信)
昔ながらの人種差別じゃなくて「金の恨み」だったっていうのが、逆に人間くさくて笑ってしまう。壮大ななりすましの原点が支払いトラブルって、動機がリアルすぎる。
9. 海外の名無しさん
現代の感覚だと完全にイエローフェイスで擁護しづらいんだけど、当時は”異国の魔術師”を演じること自体がひとつの一大ジャンルだったんだよね。時代の空気を抜きにして今の物差しだけで断罪するのも、それはそれで難しい。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
インドの行者もトルコ人も演じてたって書いてあるし、要は「エキゾチックなら中身は何でもよかった」時代。中国だけを狙い撃ちしたわけじゃないあたり、逆に当時の東洋趣味の雑さを物語ってると思う。
11. 海外の名無しさん
「西洋人っぽい顔なのは父がスコットランド人だから」って言い訳、苦しすぎて逆に嫌いになれない。ハーフ設定で押し切る手口、現代の”盛った経歴”と本質はそんなに変わらない気がする。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
当時はDNA検査もSNSもないから、堂々と言い張ればだいたい通っちゃう世界。「一つ隣の街に引っ越せば別人として生き直せた時代」って言い方をどこかで見たけど、まさにそれ。
13. 海外の名無しさん
そもそも弾丸受けって、歴史上何人もの奇術師が命を落としてる呪われた演目なんだよね。タネがバレるより、事故で死ぬ確率のほうが高いんじゃないかってレベルの危険芸。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
仕掛け自体は「実弾を発射しない」ものなんだけど、火薬と本物の銃を使う以上、整備をサボると普通に弾が飛ぶ。今回もまさにそれで、掃除を怠って銃身に残った火薬に引火したのが直接の原因だったらしい。
15. 海外の名無しさん
「死後、彼が中国人でなかったと知って世間は衝撃を受けた」って一文、さすがに関係者の誰か一人くらい薄々気づいてただろ…って総ツッコミを入れたくなる。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
本物のチン・リン・フーは一発で見抜いてたらしいよ。スーが着てた衣装が中国の皇后の礼服で、袖口の黒い縁取りでバレたとか。まあ本物からしたら鏡を見るようなもので、気づかないほうが無理な話。
17. 海外の名無しさん
記者会見で通訳を挟んでたって時点で、もはや役者魂が振り切れてる。英語がペラペラのニューヨーカーが、母語を封印したまま数十年間ずっと「中国人」を演じ通したわけでしょ。執念の方向がすごい。
18. 海外の名無しさん
どこまで役に入り込んでたのか気になる。舞台裏でも中国人でいたのか、家に帰ってもそのままだったのか。ここまで来るともう”なりすまし”というより第二の人格の域だと思う。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
助手の女性と娘まで中国名で”家族”を演じさせてたって書いてあるから、私生活ぐるみの壮大な劇だったんだろうね。一座全員が共犯の、終わらない舞台装置。
20. 海外の名無しさん
いちばん皮肉なのは、スーが死んで空いた「元祖・中国人奇術師」の座に、本物のチン・リン・フーが返り咲いたところ。偽物に奪われた称号を、偽物の死でようやく取り戻すって、因縁がきれいに一周してる。
21. 海外の名無しさん
検死で仕掛けが全部バレたのがまた切ない。「弾を抜かずに銃身をバラして片付けてた」せいで火薬カスが溜まった、って死因が判明した流れで、奇術のタネまで一緒に世間に公開されちゃった。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
プロの手抜きが命取りになるのはどんな職業でもあるけど、これは代償がでかすぎる。節約のためにサボった掃除ひとつで、正体と芸のタネと命を、全部いっぺんに失ってしまった。
23. 海外の名無しさん
「別人を演じる男を演じてる男」みたいな状態、字面を追ってるだけで頭がこんがらがってくる。しかもその設定を舞台の上だけじゃなく、人生まるごとでやってるのが常軌を逸してる。
24. 海外の名無しさん
こういう話を読むたびに思うけど、情報が行き渡らない時代って、堂々としてれば案外なんでも通っちゃったんだな。今なら初日の公演でネットに正体が晒されて即終了だろうに。
25. 海外の名無しさん
奇術師って「嘘を本物に見せる」のが仕事だけど、この人は自分の人生まるごとをその作品にしちゃったんだよな。到底褒められた話じゃないけど、一種の狂気の芸術ではあると思う。
まとめ
ニューヨーク生まれのアメリカ人が、金銭トラブルの復讐から本物の中国人奇術師をまるごと模倣し、生涯”中国人”を演じ通した――そして舞台で撃たれた瞬間、初めて人前で英語を発してその生を終えた。海外の反応は、あまりに演劇的な最期への感嘆、当時の東洋趣味への現代的な戸惑い、”金の恨み”という動機への妙な納得、そして映画『プレステージ』の元ネタだという発見で賑わっていた。褒められた人生ではないが、嘘を芸にまで昇華させた執念だけは本物だった、という余韻の残る一件だ。

コメント
「世界一有名な中国人奇術師」?
知らんけど、「ゼンジー北京」よりは有名なのか?