「ビルに飛行機が突っ込んだ」と聞くと、誰もがまず2001年の同時多発テロを思い浮かべる。けれど、それより半世紀以上も前、世界一高かったあのエンパイアステートビルに、本物の軍用爆撃機が激突した日があった。しかも、その事故では「人類史上もっとも長いエレベーター落下からの生還」という、信じがたい奇跡まで起きていたのだ。
今日の知ってた?
📏 1945年7月28日、濃霧の中で道に迷った米軍のB-25爆撃機が、エンパイアステートビルの79階付近に激突。14人が死亡した。負傷したエレベーター係のベティ・ルー・オリヴァーは、救助中にケーブルが切れて約75階分を落下しながらも生還し、これは「最も長いエレベーター落下からの生還」としてギネス記録に残っている。
背景:1945年のエンパイアステートビル
事故が起きた1945年7月、第二次世界大戦はまだ終わっていなかった。完成からわずか14年、地上102階・高さ約381メートルのエンパイアステートビルは当時まだ世界一高い建物で、戦時下のニューヨークで多くの企業や軍関連の事務所が入居していた。
その朝、マサチューセッツの基地からニューアークへ向かっていた爆撃機が、マンハッタン上空を覆う厚い霧の中で進路を見失った。ビルの管制塔は高度を下げないよう警告したが、間に合わなかった。事故が日曜の朝だったこと、戦時中で人員が絞られていたことが、結果的に被害を最小限にとどめたとされている。
もう少し詳しく
濃霧が招いた悲劇。当時のB-25爆撃機は重さ約15トン、時速約320キロ前後でビルに突っ込んだとされる。機体は79階付近の北側に直径約5〜6メートルの穴を開け、燃えたガソリンがエレベーターシャフトや階段を伝って下の階まで火を広げた。乗員3名と、ビル内にいた人々を合わせて14人が亡くなっている。
75階分を落ちて生きた女性。この事故で最も語り継がれているのが、エレベーター係のベティ・ルー・オリヴァー(当時20歳)だ。彼女は爆発でやけどを負い、救助のため別のエレベーターに乗せられた。だが衝突で傷んだケーブルが切れ、ケージは約75階分を一気に落下。地下に達するまでの間、落ちるケージの下にたまった空気がクッションのように働き、さらに地下に絡まったケーブルが減速材になったことで、彼女は重傷を負いながらも一命を取り留めた。落下距離はおよそ300メートル超とされ、その記録は今も破られていない。
9.11と並べて語られがちな事故。この事故はしばしば2001年の世界貿易センタービルの惨事と比較される。だが両者はまるで規模が違う。B-25は約15トン・時速約320キロでガソリンを700ガロンほど積んでいたのに対し、貿易センターに突入したボーイング767は約140トン・時速約800キロ、燃料は1万ガロンを超えていた。運動エネルギーは速度の二乗で効くため、767の衝撃はB-25とは比べものにならないほど大きかった。エンパイアステートビルが崩れずに済んだのは、コンピューター解析がない時代に「とにかく頑丈に」造られた構造の余裕も大きかったといわれる。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
「ジェット燃料は鉄骨を溶かさない」って毎度湧くから先回りしておく。B-25が積んでたのは航空ガソリンで700ガロンくらい、引火点が低くて燃え尽きるのも早い。9.11の767はジェット燃料を1万ガロン超、しかも一度燃え出すと高温で消えにくい。質量も速度も桁が違うんだよ。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
それに加えて、エンパイアステートビルは現代の構造解析が生まれる前に建てられてるから、めちゃくちゃ余裕を持って頑丈に造られてるんだよね。今の基準だと「過剰設計」ってやつ。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
キングコングを支えても平気だったくらいだしな。あの建物の頑丈さは伊達じゃない。
4. 海外の名無しさん
一番すごいのはエレベーター係の女性が約70階分の落下から生き延びたことだよ。事故で負傷して救助用のエレベーターに乗せられたんだけど、傷んだシャフトのせいでそのまま地下まで自由落下したんだ。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
落ちるケージの下に空気が圧縮されてクッションになった、っていう話を読んだことがある。物理現象が偶然彼女を救ったわけで、もう運の強さが人間離れしてる。
6. 海外の名無しさん(>>4への返信)
ギネス記録に「最も長いエレベーター落下からの生還」で載ってるんだよね。破られてほしくない記録ナンバーワンだわ。
7. 海外の名無しさん
9.11の朝、ラジオの目覚ましで起きた時、最初の一分くらい1945年の事故の話をしてるんだと思ってた。状況が呑み込めるまで少し時間がかかったよ。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
俺はあの日現役の軍人だったけど、ビルに飛行機が突っ込んだって聞いて真っ先に頭に浮かんだのがこの1945年の事故だった。みんな同じ連想をするんだな。
9. 海外の名無しさん
最後の瞬間、キングコングの伸ばした腕をよけようとして機体が傾いたんだよ(嘘)。まあ冗談はさておき、霧で完全に視界を奪われてたっていうのが本当に怖い。
10. 海外の名無しさん
速度差が本当に大きいよ。B-25の巡航速度は767の半分以下だし、しかもこの時はパイロットが着陸態勢で速度を落としてた。空港を探して霧の中で迷ってたんだから、もっと遅かったはず。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
運動エネルギーは速度の二乗に比例するからね。さっきの数字でざっくり計算すると、767はB-25の50倍以上のエネルギーを持ってたことになる。燃料の話を抜きにしてもこの差だよ。
12. 海外の名無しさん
鉄は溶けなくても、熱が加わるだけで圧縮や引っ張りに耐える力がガクッと落ちる。建物は超重いから、骨組みが弱るだけで自分の重さを支えきれなくなるんだ。「溶けてない=崩れない」じゃないんだよ。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
そうそう、溶かすんじゃなくて構造的な強度を9割方削ぐイメージ。高校の物理で習うレベルの話なのに、なぜか毎回議論になる。
14. 海外の名無しさん
当時はまだ戦時中で、しかも日曜の朝だったから人が少なかった。これが平日の昼間だったら犠牲者は何倍にもなってたはず。不幸中の幸いってこういうことを言うんだろうな。
15. 海外の名無しさん
そもそも種類の違う燃料を、ほんの一部しか積んでない、ずっと小さくて遅い飛行機の話だからね。9.11と同列に語ろうとすること自体がちょっと無理がある。
16. 海外の名無しさん
貿易センターは建物の重さの大半を中心のコアシャフトで支えてた。あの速度と燃料でコアが破壊されたら、もう自重を支えきれない。エンパイアステートビルとは構造の前提がまるで違うんだ。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
自分は逆に、外壁が荷重の大半を受け持ってたって読んだ記憶がある。だから各フロアを柱なしの広い空間にできて、当時としては画期的だったとか。専門家じゃないから誰か訂正してくれ。
18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
調べたら両方正解っぽい。コアと外周の両方で縦方向の荷重を半々くらいで支えて、横方向の力はほぼ外周が受け持ってた構造だったらしい。
19. 海外の名無しさん
それにしてもエンパイアステートビルが頑丈すぎる。コンピューターのない時代に「計算しきれないなら、とにかく余裕を持たせろ」って方針で建てた結果がこれなんだから、昔の技術者は本当にすごい。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
頑丈なのは確かだけど、「優れてる」かは微妙なところ。安く建てられて、材料が少なくて、使える床面積が広い建物のほうが「良い」って考え方もあるからね。バランスの問題だよ。
21. 海外の名無しさん
誰でも100年もつ橋は造れる。けど、ギリギリで立ってる橋を造れるのは一流のエンジニアだけ、って言葉を思い出した。現代の建物はコストとのせめぎ合いなんだよな。
22. 海外の名無しさん
事故当日のビルの写真を見たことがあるけど、煤と瓦礫だらけで本当に痛々しい。これを数日で片付けて業務を再開したっていうんだから、戦時下のニューヨークの底力を感じる。
23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
「掃除係は大変だっただろうな」って軽口を言いたくなるけど、実際に亡くなった14人がいると思うと笑えないな。霧の事故ひとつでこれだけのことが起きるとは。
24. 海外の名無しさん
こういう「知ってる人は知ってる事故」がちゃんと語り継がれるのはいいことだと思う。9.11があまりに巨大すぎて、その影に隠れがちな歴史なんだよな。
まとめ
1945年7月、濃霧の中でB-25爆撃機がエンパイアステートビルの79階付近に激突し14人が亡くなった一方、エレベーター係のベティ・ルー・オリヴァーは約75階分の落下から奇跡的に生還した。コメント欄は「9.11との規模の違い」を冷静に解説する人、彼女の運の強さに驚く人、戦時下のニューヨークに思いを馳せる人と多彩で、巨大な悲劇の影に隠れがちな歴史の一コマに静かな関心が集まっていた。

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