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「女性なしで加盟するなら100年でも準州のままだ」1890年ワイオミングが連邦議会にきった啖呵

「女性なしで加盟するなら100年でも準州のままだ」1890年ワイオミングが連邦議会にきった啖呵 自然・科学

1890年、ワイオミング準州は連邦加盟の条件として「女性参政権を捨てろ」と迫られた。それに対する州議会の返答は強烈だった。「女性なしで加盟するくらいなら、あと100年でも準州のままでいる」。結果としてワイオミングは女性に投票権を認めたまま米国43番目の州になり、世界初の「女性参政権を持つ自治政府」として歴史に名を残した。ただし、その裏には西部開拓地ならではのドライな事情も隠れている。海外掲示板の反応とあわせて紹介する。

今日の知ってた?

📏 ワイオミングは1890年、女性参政権を保持したまま米国43番目の州として連邦に加盟した。当時の州議会は連邦議会の圧力に対し「女性なしで加盟するくらいなら、あと100年は準州のままでいる」と返答。準州時代の1869年からすでに女性の投票権を認めており、後にニックネーム「平等の州(Equality State)」が公式の州モットーになった。

背景:ワイオミングと女性参政権

ワイオミング準州が女性に投票権を与えたのは1869年12月。これは合衆国憲法修正第19条(全米での女性参政権)が成立する1920年より51年も早い。世界的に見ても、ニュージーランド(1893年)よりさらに前で、近代国家における女性参政権の最古級の実例とされる。

1890年、ワイオミングが州への昇格を目指した際、連邦議会の一部議員は「女性に投票権を認めたままの州は加盟させられない」と反対した。州議会が打ち返したのが冒頭の啖呵だ。最終的に連邦議会は29対27の僅差で加盟を承認。ワイオミングは女性参政権を温存したまま正式な州になった。

※注:準州(テリトリー)とは、連邦の領土ではあるがまだ正式な「州」になっていない自治区。州になると連邦議会に上院議員2人と下院議員を送れるようになる。

もう少し詳しく

啖呵の裏にあった、人口確保という現実。ワイオミングが女性参政権にこだわった理由は、純粋な男女平等の理想だけではなかった。当時のワイオミングは男性6人に対し女性1人という極端な男女比で、人口そのものが州昇格に必要な6万人ぎりぎり。「女性にも投票権がある州」と宣伝すれば、東部から女性の移住者が増える――そう期待した実利的な計算が背景にあった。フロンティアの厳しい暮らしでは女性も男性と同じくらい働かなければ生きていけず、「お嬢さま」をやっている余裕がなかった事情も大きい。

「世界初」のタイトル。1869年12月10日にワイオミング準州知事ジョン・キャンベルが女性参政権法案に署名した。これにより、ワイオミングは「成人女性に投票権を与えた近代政府」として世界初の事例となった。翌1870年には世界初の女性陪審員、女性治安判事も登場している。ニックネーム「Equality State(平等の州)」はこの歴史に由来し、現在の州モットーにも採用されている。

現代のワイオミング。面積は全米10位、人口は約58万人で全米最少。州都シャイアンを含めても都市と呼べる規模の街が少なく、牧畜とエネルギー産業中心の保守的な土地柄として知られる。1995年以降は連邦下院議員(ワイオミング選出は1議席のみ)を女性が連続して務めており、政治的立場は変わっても「女性が選挙の前面に立つ州」という伝統は続いている。

※注:シャイアンはワイオミング州都。人口約6万5千人で、米国の州都としては最小級。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
たぶん理由はシンプルにフロンティアの暮らし方だと思う。生き残るために全員の手が必要で、お嬢さま気取りで座っていられる余裕がなかった。畑仕事も家畜の世話も銃の手入れも、女性が普通にやってた土地で「投票だけは男のもの」って線引きの方が逆に不自然だったんだろう。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
それに加えて、州に昇格するための人口要件を満たすために女性も頭数に入れたかったって側面もある。見た目ほど美談じゃないんだよ。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
いや、人口カウントだけなら投票権を与えなくても女性は数に入る。子どもや囚人だって人口には含まれてるからね。投票権を与えた本当の理由は「東部から女性に移住してもらうための広告」だよ。

4. 海外の名無しさん(>>1への返信)
フランクがそろそろブチ切れそうなんだ。みんなで奥さん共有するの限界。あと一人、女性をこの土地に連れてこないと俺たち本気でヤバい。

5. 海外の名無しさん
当時のワイオミングは男性6人に女性1人だったらしい。参政権を与えて「平等の州」って看板を掲げれば、結婚相手を探したい男性たちも喜ぶし、女性の移住者も増える。家父長制も妻と子どもがいて初めて成立するわけで、独身ばっかりだとただの未婚男性の集まりだからね。

6. 海外の名無しさん
これってフェミニズム史の大事件みたいに見えるけど、実際はけっこうシニカルな話だよ。今でもワイオミングはほぼ誰も住んでなくて、政治的影響力は人口比例。投票できる人口を倍にすれば、それだけ州の発言力が増す。要は「票を増やすための戦略」だったわけ。

7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
連邦議会の議席数は「投票できる人数」じゃなくて「人口」で決まるよ。子どもや有罪判決を受けた人も人数に入る。だから投票権を与えなくても議席数は変わらない。理屈としてはあなたの説は成立しないんだ。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
そう、議席は人口で決まる。だから「投票権を与えたら議会の発言力が増す」というのは誤解。ただ、女性の移住者を増やしたかったというのは事実で、その意味では戦略的な側面はあった。

9. 海外の名無しさん
当時、ワイオミングの売春宿の女主人たちが大きな政治力を持っていたという話を読んだことがある。彼女たちは大金を稼ぎ、学校を建設したり政治家に献金したりしていた。男たちもそれを受け入れていたみたい。西部開拓地の実態は教科書のイメージとはずいぶん違う。

10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
それはアイダホとコロラドの話だったかもしれない。とはいえ、西部のいくつかの州で女性事業主が政治を動かしていたのは事実。フロンティアって意外と女性のエンパワメントが進んでた地域なんだよね。

11. 海外の名無しさん
1869年って、欧州でもまだ女性参政権の議論が始まったばかりの頃だよ。ニュージーランドが1893年、英国本国は1918年、米国全土でも1920年。それを荒野の準州が独力で先取りしてたのは、理由が何であれ歴史的に画期的だと思う。

12. 海外の名無しさん
そして1890年から100年以上経った今、ワイオミングはむしろ保守的な州として知られている。歴史って一直線には進まないんだなと痛感する。先進的だった時代があったからといって、ずっと先進的でいられるわけじゃない。

13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
ステレオタイプを叩くつもりはないけど、両親がワイオミング出身でこの前も訪れた。きれいな州で、人もいい。ただ、政治的にはかなり右寄りだ。親戚も半々で割れていて、教育関係の仕事をしている人はリベラル寄り、それ以外はけっこう保守。

14. 海外の名無しさん
人口58万人って、ニューヨーク市のスタテン島の半分くらい。それで上院議員2人を持ってるわけで、合衆国の上院の構造的な歪みを象徴する州でもある。憲法上の「州の平等」っていう理念がここまでバランスを崩すのも面白い。

15. 海外の名無しさん
ちなみにワイオミングは1995年以降、唯一の連邦下院議員を女性が連続で務めている。バーバラ・キュービン、シンシア・ラミス、リズ・チェイニー、ハリエット・ヘイジマンと4代連続。上院もシンシア・ラミスが2021年から1議席を女性が占めている。これは全米でもかなり珍しい。

16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
ちなみに「これまで女性上院議員を一度も選出していない州」は17もある。「これまで女性下院議員を一度も選出していない州」は1つだけ。どこか分かるかな、っていうクイズができるレベル。

17. 海外の名無しさん
当時のフロンティアでは「お嬢さま育ち」が成立しなかったというコメントに尽きる。生きるか死ぬかの土地で性別による役割分担を細かくやってる余裕はない。寒い冬に薪を運ばない者は凍え、家畜を守らない者は飢える。投票権の議論より生存の議論の方が先だった。

18. 海外の名無しさん
個人的にはこのエピソードのいちばん好きなところは、議会の「100年でも準州のままでいる」という啖呵そのもの。実利的な計算があったとしても、公的な記録に残る言葉としては相当カッコいい。建前と本音の混じり具合が西部らしい。

19. 海外の名無しさん
当時、女性参政権はむしろ保守派の運動だった面もある。「女性が投票すれば、男性労働者よりも家族や道徳を重視して右寄りに投票するだろう」と期待されていた。実際、参政権導入後の最初の数十年は女性の投票傾向は男性より保守寄りで、その想定はある程度的中していたんだ。

20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
フランスで女性参政権が1944年までずれこんだのもそれが理由の一つと言われている。左派が「女性票は教会と保守政党に流れる」と恐れて反対した時期があった。「進歩的か否か」では一言で語れない歴史なんだよね。

21. 海外の名無しさん
「世界初」のタイトルって意外と細かい条件の組み合わせで決まる。マン島が1881年に独身女性の参政権を認めたという話もあるけど、こちらは英国王室の自治領で完全な独立国家ではない。ワイオミングを「世界初」とするか「米国の準州レベルでは世界初」とするかは定義次第。とはいえインパクトは大きい。

22. 海外の名無しさん
ワイオミング準州時代の1870年には、世界初の女性陪審員と世界初の女性治安判事も誕生している。エスター・モリスという女性が任命された。投票権だけじゃなくて、司法の現場にも女性が進出していた点が、当時の他の地域と決定的に違う。

23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
エスター・モリスは「全米の女性参政権の母」と呼ばれることもある。シャイアンではなくサウスパスシティという小さな鉱山町の治安判事だった。彼女の銅像は今もワイオミング州議会議事堂の前に立っている。

24. 海外の名無しさん
教訓があるとすれば、進歩と理想がいつも一致するわけじゃないってことだ。ワイオミングの女性参政権は、フェミニストの理想・人口確保の計算・現場の必要・州昇格の取引、いろんな動機がぐちゃっと混ざった結果。それでも歴史に残る一歩だったのは間違いない。動機が混ざってるからって価値が下がるわけじゃない。

25. 海外の名無しさん
あと100年は準州のままでいる、っていう啖呵をきった州議会の人たち、まさか130年以上経って日本のブログでネタにされてるとは思わなかっただろうな。歴史って残り方が予測できないからこそ面白い。

まとめ

ワイオミングが1890年に女性参政権を守ったまま州に昇格した話は、純粋な理想だけではなく、人口確保や移住者誘致といった実利も絡んだ複合的な決断だった。海外コメ欄でも「美談ではない」「いや動機が混ざってても価値はある」「現代のワイオミングはむしろ保守」と評価が割れつつ、世界初の女性参政権という事実そのものへの敬意はおおむね共通していた。歴史は一直線には進まない、というのが読み終わったあとに残る感覚かもしれない。

元ソース: ワイオミングは1890年、女性参政権を捨てるくらいなら「100年でも準州のままでいる」と連邦議会に言い放ち、女性に投票権を認めたまま連邦加盟を果たした

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