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カナダ首相、毎朝「路面電車」で議会に通勤していた|家は支持者のカンパで購入したウィルフリッド・ローリエの逸話

カナダ首相、毎朝「路面電車」で議会に通勤していた|家は支持者のカンパで購入したウィルフリッド・ローリエの逸話 自然・科学

「現職の総理大臣が、毎朝路面電車に揺られて職場に通っていた」と聞いたら、どんな国を想像するだろうか。今からおよそ120年前のカナダで、本当にそれをやっていた首相がいた。名前はウィルフリッド・ローリエ。しかも彼、首都オタワに自宅を買う金がなく、見かねた支持者たちがお金を出し合って家を買ってあげたという。

※注:ローリエ(Wilfrid Laurier、1841〜1919)は1896〜1911年のカナダ首相。カナダで初めてのフランス系(ケベック系)首相で、現在もカナダ5ドル札の肖像となっている人物。

今日の知ってた?

🚋 カナダ首相ウィルフリッド・ローリエは、在任中(1896〜1911年)ほぼ毎日オタワの路面電車で議会に通い、車内で乗り合わせた市民と会話することで「普通のカナダ人」の感覚を保ち続けた。そして彼は首都に自宅を買えるほど裕福ではなかったため、当選後、支持者と友人たちが資金を出し合い、サンディヒル地区の家を購入して贈った。

背景:ウィルフリッド・ローリエとはどんな人物だったのか

ローリエは1841年、ケベック州の小さな町モントリオール近郊で生まれた。フランス系カナダ人で、弁護士から政治家へ。1896年、自由党の党首として総選挙に勝ち、カナダ史上初の「フランス系首相」となった。当時のカナダはまだ英国の自治領(ドミニオン)※1で、英語系の人々が政治の中心。そんな時代に、フランス語をネイティブとする首相が登場したこと自体が事件だった。

※1 自治領(ドミニオン):英国の支配下にあるが、内政について大きな自治権を持つ国。カナダ・オーストラリア・ニュージーランドなどがあった。

ローリエは在任期間15年に及び、これは20世紀のカナダ首相としては最長記録。鉄道網の拡張、移民の受け入れ、英仏二言語社会としてのアイデンティティ形成など、現代カナダの土台を作った人物として評価されている。一方で、当時の時代背景もあって移民政策には人種差別的な側面もあり、その点は今も歴史家から批判されている。

もう少し詳しく:路面電車と「贈られた家」のエピソード

「金がない首相」の率直さ。1896年に首相に就任したとき、ローリエは決して裕福な弁護士ではなかった。当時のカナダには、首相のための公邸(日本でいう「首相官邸」)がまだ存在しない※2。各首相は自費でオタワに住居を構えるのが当たり前で、それなりの邸宅を維持できるだけの財力が前提だった。

※2 現在のカナダ首相公邸「サセックス通り24番地」が公式に首相住居となったのは1951年。ローリエの時代にはまだ存在しなかった。

友人たちのカンパで家を購入。そこで動いたのが、ローリエを支持する友人や政治仲間たち。彼らは資金をプールし、オタワのサンディヒル地区にあった黄色いレンガ造りの邸宅(通称「ローリエ・ハウス」)を買い、ローリエ夫妻に提供した。維持費の一部を賄うための基金まで作ったという。この邸宅は現在、カナダ国立史跡として一般公開されている。

毎朝の路面電車通勤。そしてもう一つ有名なのが、毎日の路面電車通勤。当時のオタワは民間の電気路面電車網が走っており、ローリエ邸の目の前にちょうど停留所があった。これは偶然ではなく、邸宅購入の資金提供者の一人がオタワ電気鉄道の創業者トマス・アハーンで、路線がローリエ邸の前を通るように調整されたとも言われている。ローリエは現職首相にもかかわらず、その電車に普通の乗客として乗り、隣の席のオタワ市民と天気や仕事の話をしていたという。

最後の路面電車。1919年、引退後のローリエは執務室で脳卒中を起こし、最後にもう一度路面電車に乗って自宅へ帰り、その2日後に亡くなった。彼にとって路面電車は、ただの移動手段ではなく、市民との接点そのものだったのだろう。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
首相がいきなり隣に座って「今日寒いっすね」とか話しかけてきたら、こっちが緊張で死ぬんだが。市民の感覚を保つどころか、市民が固まると思う。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
逆に毎日乗ってたら「あ、また首相いるわ」で慣れる説。3か月もすれば普通にスマホ見てる気がする。

3. 海外の名無しさん
カナダ5ドル札の肖像になってるのがこの人なのか。お札の人って遠い存在だと思ってたけど、毎朝路面電車に乗ってた人だと知るとちょっと身近に感じる。

4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
ちなみに彼が住んでた家もそのまま史跡として残ってて、ガイドツアーで中に入れる。歴史教科書の人物が「自宅で生活してた人間」だったことが実感できておすすめ。

5. 海外の名無しさん
オーストラリア元首相のマルコム・ターンブルも資産100億円以上の大富豪なのに普通に通勤電車に乗ってたよ。あんまり庶民派すぎて自党の議員からも浮いて、結局短命政権で終わったけど。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
保守政党にいて中道すぎて浮く、っていうのも独特の悲劇よな。立ち位置のスイートスポットって本当に難しい。

7. 海外の名無しさん
首相が家を買えないって、現代日本でいうと「年収300万円台で東京23区にマイホーム持てない」と似た話なのかな。100年経っても住宅価格と給料のバランスは難しいのかもしれない。

8. 海外の名無しさん
昔の中国でも、米国の駐中国大使ゲイリー・ロックがエコノミークラスで搭乗したり、スタバの行列に普通に並んでたりして大人気だった。同じ時期、別の大使ジョン・ハンツマンは自転車で要人会談に行って、これも中国市民から喝采を浴びた。「偉い人が偉ぶらない」のは、どの国の人にも刺さるんだろうな。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
中国共産党の幹部が高級車で乗り付けてくる中、米国大使が自転車で来たら、そりゃ庶民は「あ、こっちの方が好きだわ」ってなるよ。プロパガンダ抜きで強い。

10. 海外の名無しさん
カナダの今の首相も結構な資産家らしいし、ハーパー、トルドー、ポワリエーヴルあたりも例外じゃない。100年前の方が「庶民の感覚を持った政治家」がいた、というのは皮肉な話だなと思う。

11. 海外の名無しさん
路面電車って当時のオタワにあったの!?今のオタワに路面電車のイメージなくて驚いた。新しい技術がいったん消えて、また復活したり消えたりするの不思議。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
当時のオタワ電気鉄道は世界でも早い時期の電化路線。アハーン氏(家の購入資金を出した一人)が経営してて、戦後にバス転換で消えた。今はLRTが復活してて、歴史が一周してる感じ。

13. 海外の名無しさん
「首相のための公邸が存在しない国」って今聞くと逆に新鮮。自国でやろうとしたら「ホテルに泊まればいい」とか言われそうだけど、首相のホテル暮らしは流石にシュールすぎる。

14. 海外の名無しさん
家を支持者がカンパで買うって、現代だと利益相反でアウト案件だと思うんだけど、当時のカナダ的にはセーフだったのかな。時代の感覚の差を感じる。

15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
当時は「政治家は私財で公務を支える」のが当然で、支援者の援助も「篤志家による寄付」のニュアンスだったらしい。今の利益相反規制ができるのはずっとあとの話。歴史を見ると倫理基準って動くんだなと思う。

16. 海外の名無しさん
最後に路面電車に乗って家に帰り、2日後に亡くなった、っていうエピソードがちょっと泣ける。彼にとってその電車は職場と家をつなぐ「日常」そのものだったんだろうな。

17. 海外の名無しさん
公務員は全員、公共交通機関を使うことを義務化してほしい。そうすれば交通インフラへの予算が真剣に組まれるだろうし、通勤時間1時間の現実も身をもって知ってもらえる。

18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
ただし警備の問題があるから現実には難しいんだろうな。ローリエの時代はまだ「首相にSPがついてない」のが普通だったわけで、その自由さは羨ましい。

19. 海外の名無しさん
公平のために言っておくと、ローリエ政権下では黒人移民の入国を制限する閣議決定(実際には発効せず)もあって、人種政策の面では現代の目で見て褒められたものではない。「庶民派」と「人格者」はイコールじゃない、っていう歴史の難しさ。

20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
そうそう、中国系移民への人頭税や、南アジア系を狙った「直行航路規則」もあった時代。彼一人を悪者にする話ではなく、当時のカナダ全体の方針なんだけど、首相だった以上、責任を完全には逃れられない。

21. 海外の名無しさん
それでもオタワの路面電車の話だけ切り取れば、現代の政治家に見せたいエピソードだとは思う。完全な聖人を求めるんじゃなくて、「ここは見習える」というポイントを学べばいい。

22. 海外の名無しさん
カナダ史って正直あんまり馴染みがなかったけど、こういう「人物としての首相」エピソードがあると一気に親しみが湧くな。歴史って結局、教科書の名前を「実際に生きていた誰か」に変える作業なんだと思う。

23. 海外の名無しさん
日本の歴代総理大臣で、毎朝山手線とか地下鉄で通勤してた人っていたっけ。ちょっと検索しても出てこなかった。やっぱり警備と渋滞回避の問題で公用車になっちゃうのかな。

24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
明治の初期だと閣僚が人力車で出勤してた時代があるはずだけど、それは「電車に乗って市民と話す」とは少し違う。日本で同じことをやろうとしたら、まずSPさんが卒倒すると思う。

25. 海外の名無しさん
お札に載るような偉人でも、生前は意外と「金がない、家が買えない」と苦労していた、というギャップ。歴史を学ぶ醍醐味のひとつだなと思う。最後の路面電車のシーン、映画にしてほしい。

まとめ

15年間カナダの首相を務め、現在も5ドル札の顔となっているウィルフリッド・ローリエは、毎朝路面電車で議会に通勤し、家は支持者のカンパで買ってもらった「庶民派」首相だった。海外コメ欄では「現代の政治家に見せたい」という感心の声と、「人種政策では問題もあった人物だから無条件には持ち上げられない」という冷静な指摘の両方が並び、「庶民派エピソード」をどう受け取るかの絶妙な温度差が現れていた。

元ソース: カナダ首相ウィルフリッド・ローリエは毎日路面電車で議会へ通勤し、車内で市民と話して庶民感覚を保っていた。オタワで家を買う金がなく、支持者がお金を出し合って家を買ってくれた(r/todayilearned)

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