ジェット気流——上空を時速200〜400キロで吹き抜ける、あの強烈な高層風。世界で初めてその存在を観測したのは、実は日本の気象学者・大石和三郎(おおいし わさぶろう)だった。1920年代に茨城・館野(たての)の高層気象台で測候気球を上げ続け、彼は19本もの論文に成果をまとめている。ところが世界はそれをほとんど知らないまま数十年を過ごした。理由は単純で、彼が論文を全部「エスペラント語」で書いたからである。
※注:エスペラントは1887年にポーランドの眼科医ザメンホフが考案した人工言語。「中立で誰もが学びやすい世界共通語」を目指し、20世紀初頭の日本でも平和主義者・国際主義者の間で熱心に学ばれていた。
今日の知ってた?
📏 大石和三郎は1926〜1944年に19本・計1246ページの高層気流観測論文をすべてエスペラント語で発表。世界共通語のつもりが誰にも読まれず、ジェット気流の発見者の座は長らく欧米の研究者に譲られていた。
背景:大石和三郎と館野高層気象台
大石は1874年生まれ、東京帝国大学で物理を学び、ドイツ留学を経て1920年に新設された館野の高層気象台の初代所長に就いた。当時の高層気象観測は世界的にもまだ手探りの段階で、大石は来る日も来る日も水素気球を打ち上げ、上空1万メートル付近に「常に西から猛烈な速さで吹く帯状の風」が存在することを突き止めた。これが現在「ジェット気流」と呼ばれているものの世界初の系統的観測である。
※注:ジェット気流は対流圏上層にある幅数百km・厚さ数km・最大風速100m/sにもなる強い偏西風。航空機の運航から天気予報、寒波の進路まで、現代の気象学に欠かせない概念。
もう少し詳しく
なぜエスペラントだったのか。大石は単なる気象学者ではなく、日本エスペラント学会の会長まで務めた熱心なエスペランチストだった。1920年代の日本では、英語・ドイツ語・フランス語に分断された欧米の学術界よりも「中立な共通語」のほうが将来は普及するはずだ、という理想が真面目に信じられていた。彼にとってエスペラントで論文を書くことは、奇行ではなく未来への投資だったのである。
世界がそれを知るのは戦争を経てから。第二次世界大戦末期、日本陸軍はジェット気流に乗せて北米大陸を直撃する「風船爆弾(ふ号兵器)」を約9000発打ち上げた。実際にオレゴン、ワシントン、アイダホ、遠くはミシガンまで到達し、1945年5月にはオレゴン州で6人が犠牲になっている——これは米本土におけるWWII唯一の戦闘犠牲者となった。さらに高高度を飛ぶB-29爆撃機が「対地速度がほぼゼロ」になる現象を報告し、ようやく欧米の気象学者は「上空に未知の強風帯がある」と認めざるを得なくなった。
名誉の所在。戦後しばらく、ジェット気流の発見者としては米国のワイリー・ポストやドイツのゼーイルコップなど、高高度飛行の経験者の名前が挙がることが多かった。大石の名前が国際的に再評価されたのは、ようやく1960年代以降のことである。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
皮肉だよな。エスペラントって「みんなが分かる世界共通語」を目指して作られた言語なのに、それで論文書いた瞬間、世界中の誰にも読まれなくなるという。設計思想と実用結果が真逆すぎる。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
理想と現実の落差で言ったら、xkcdの「規格を統一しようとしたら規格が15個に増えた」のジョークそのまま。エスペランチスト本人は本気で世界に広めたかったんだろうけどね。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
xkcdは万能だな。3000本以上あるってもう全人類のあらゆる状況をカバーしてる気がする。
4. 海外の名無しさん
重大発見をエスペラントで発表するって、自分史上最高に自爆的な「俺はやってる感」アピールだろ。普通に英語で書いてたら気象学の教科書に名前が載ってたのに。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
大石和三郎は日本エスペラント学会の会長でもあったから、たぶん「ジェット気流のニュースをきっかけにエスペラントが普及する」っていう逆方向の戦略だったんだと思う。気象学の論文をマーケティング素材にしてた説。
6. 海外の名無しさん
今月二回目だよエスペラントの話題。一回目は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のアニメ映画で、劇中の標識が全部エスペラントで書かれてた件だった。賢治もエスペランチストだったらしくて、当時の日本の知識人界隈には本当に流行ってたんだな。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
ウィリアム・シャトナー主演のホラー映画『インキュバス』も全編エスペラント。長らくフィルムが行方不明だったのが90年代に発見されて、最近4Kリマスター版まで出てる。「変な縁で生き残る言語」って感じ。
8. 海外の名無しさん
ジェット気流の存在が結果的に証明されたのは、皮肉にも戦争中の日本の風船爆弾だったって話、知らなかった。太平洋を横断してオレゴンの森に降ってくる爆弾を作る発想自体が常軌を逸してるけど、それが上空の風を読めてる証拠なんだよな。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
B-29の爆撃手が「速度400マイル出してるはずなのに、地上の標的が照準器の中で全然動かない」って報告したのが米軍側の決定打だったらしい。100機単位で同じ報告が上がってきて、ようやく「これは未知の自然現象だ」って認めた。
10. 海外の名無しさん(>>8への返信)
風船爆弾は約9000発打ち上げられて、ミシガン州まで到達したやつもあったらしい。45年5月にはオレゴン州で家族連れがピクニック中に1発に触れて6人亡くなってる。米本土でWWIIで死んだ唯一の戦闘犠牲者。
11. 海外の名無しさん
俺の論文をWingdingsフォントで提出したら誰も真面目に読んでくれない理由がやっと分かったわ……。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
昔NDA(守秘義務契約書)を相手方に送ったら、なぜか印刷が「西部劇のお尋ね者ポスター風フォント」で返ってきたことある。普通にサインだけして突き返してきたから何も言わなかったけど。
13. 海外の名無しさん
そもそもなんでエスペラントなの?って質問は失礼だぞ。当時の日本人にとっては「英独仏のどれか一つに偏らない中立な学術言語」っていう真面目な選択肢だったんだから。今で言えばオープンソースのプロトコル選ぶ感覚に近い。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
1900年代初頭の日本では本気でエスペラントが普及すると信じてた人が多かったらしい。欧州の言語を全部学ぶより、共通語1個覚えれば全ての学術論文にアクセスできるって発想。文脈を踏まえると合理的なんだけど、文脈抜きで聞くと完全にネタにしか聞こえない。
15. 海外の名無しさん
エスペラントってSFコメディの「Red Dwarf」が劇中で作った架空言語だと長年思ってた。実在の人工言語だと知ったのは大人になってから。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
それたぶんウェールズ語と勘違いしてる。
17. 海外の名無しさん
それなら日本国内でも認知されないはずだろって思ったけど、よく考えたら日本のエスペランチストは普通に日本語も読めるから、国内では学会経由でちゃんと評価されてたんだろうな。完全に「外向け発信」だけが詰んだパターン。
18. 海外の名無しさん
館野の高層気象台って今でも気象庁のラジオゾンデ観測拠点として現役なんだよな。100年前から継続してデータを取ってる場所って、地球全体でもそう多くない。大石の業績の本当の価値は「ジェット気流を見つけた」ことより「上空を毎日測り続けるという発想と体制を作った」ことかもしれない。
19. 海外の名無しさん
ウィリアム・シャトナー以外にもエスペラント話者がいたという事実のほうが衝撃。ファンタジー小説『Magic 2.0』では魔法使いがエスペラントで呪文を書く設定なんだけど、理由が「時空を超えてどこ行ってもエスペラント話者にだけは絶対バレないから」っていう逆利用。
20. 海外の名無しさん
古典的な大失敗だよなあ。けど大石本人は「いつかエスペラントが普及した暁には自分の論文が真っ先に読まれる」って信じてたんだろうから、ある意味ロマンがある。
21. 海外の名無しさん
ジェット気流を最初に観測した人物は日本人でしたって、日本の理科教育で習ったかな……記憶にないんだが。意外と知られてないんじゃないか日本人の間でも。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
気象の教科書にコラムで載ってる程度かな。本格的な再評価は1960年代らしいから、戦後すぐの世代はあまり知らないかも。むしろ「風船爆弾を作った国」のほうが先に有名になってしまった皮肉。
23. 海外の名無しさん
1920年代の日本でこの規模の高層観測やってるのが純粋にすごい。気球に紙テープ式の記録計付けて回収するみたいな職人芸の世界だったはずで、毎日それを19年間続けたっていう執念のほうが感動的だ。
24. 海外の名無しさん
科学史って「最初に発見した人」より「最初に英語で発表して欧米の学会に売り込んだ人」が名前を取るパターン本当に多い。発見の優先権争いが起きるたび、大石和三郎を思い出して切なくなる。
25. 海外の名無しさん
逆に言うと、英語論文という「規格」がいかに強力か再認識させられる話。今でも非英語圏の研究者は同じ問題と戦ってるわけで、100年前と本質はあまり変わってない。エスペラントの理想が必要だった理由も、ちょっと分かる気がしてきた。
まとめ
大石和三郎は1920年代に世界で初めてジェット気流を観測しながら、論文をエスペラント語で発表したために半世紀近く国際的に無名だった。皮肉にもその発見は、日本軍の風船爆弾と米軍B-29の体感を経て戦後ようやく裏付けられる。海外の反応は「自爆的な選択」と笑いつつも、当時の日本に存在した国際主義的な理想や、毎日気球を上げ続けた執念にじんわり敬意を寄せる声が目立った。
元ソース: 日本の気象学者・大石和三郎は世界初のジェット気流発見者だが、論文をエスペラント語で書いたため海外で長年無名だった


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