17世紀までのヨーロッパ貴族男性は、レース、刺繍、宝石、明るい色、ハイヒール、かつら——女性以上に派手で華やかな格好をしていた。ところが18世紀末、突然彼らはそれらをまるごと捨て、地味な黒スーツに切り替えた。これを服飾史で「Great Male Renunciation(男性の大棄権)」と呼ぶ。あの色とりどりの宮廷服が、わずか数十年で「黒一色のスーツ」に置き換わった、ファッション史の大事件である。
※注:「Great Male Renunciation」は心理学者J.C.フリューゲルが1930年に提唱した概念。直訳は「男性の大放棄/大棄権」。
今日の知ってた?
👔 18世紀末、西洋の男性は「派手な色・宝石・装飾」を一斉に捨てて黒スーツに切り替えた。これを服飾史では「Great Male Renunciation(男性の大棄権)」と呼ぶ。今のスーツ文化はこの時の名残。
背景:かつての男性はもっと派手だった
17世紀のフランス宮廷では、ルイ14世がピンクのリボンとレース、ハイヒール、肩までの巻き毛のかつらで現れるのが日常だった。男性貴族は競うように刺繍ジュストコール(袖口に刺繍の入った長上着)、シルクのストッキング、銀の留め金付きの靴を身につけ、宝石やリボンを多用した。マニエリスム期やバロック期はとくに装飾過多で、皿のような大きさのひだ襟(ラフ)まであった。
ところが18世紀後半、フランス革命と産業革命を境に、上流男性のファッションは急速に「実用・無装飾・暗い色」へ収斂していく。19世紀のヴィクトリア朝には、男性服は黒・グレー・紺の地味なスーツが標準となり、女性だけが装飾やカラーを引き受けるようになった。これが現代まで続く「男性は無地スーツ、女性は華やかなドレス」というジェンダー化された服装の起点だ。
もう少し詳しく
仕掛け人はボー・ブランメル。この変化を象徴する人物が、19世紀初頭のロンドンで活躍したダンディズムの祖、ボー・ブランメル(1778〜1840)。彼は「派手な装飾より、完璧な仕立てとシンプルな色合わせのほうが洗練されている」と提唱し、貴族たちのファッションを根本から変えた。シンプルなネイビーのコート、白いシャツ、磨き上げたブーツ——今のスーツの原型は、彼が作ったといってもいい。
「黒は地味」じゃなく「贅沢」だった。意外なことに、当時の上質な黒い染料は産業革命後まで作るのが難しく、深い黒の生地は富の象徴だった。「派手な色を捨てる=質素」ではなく、「色を捨てて素材と仕立ての良さで競う=別種の贅沢」へとシフトしたわけだ。要は、見た目はシンプルになったが、お金はそれ以上にかかるようになった。
ブルジョワ社会の倫理観。背景には、産業革命で台頭した中産階級の「実用主義」と「真面目さこそ美徳」というプロテスタント的倫理観がある。装飾過剰な貴族文化への反発と、「働く男性は地味で実直であるべき」という新しい男性像が結びついた。フランス革命で華美な貴族文化そのものが政治的に否定されたことも大きい。
200年経っても続いている。面白いのは、この「大棄権」が一度も完全には終わっていないこと。1970年代に一瞬だけ男性ファッションが派手な方向へ揺り戻したが、結局スーツが標準であり続けている。私たちが今着ているビジネススーツは、200年以上前のボー・ブランメルの好みを引きずっている。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
というか、この「大棄権」って一度も終わってないよね。我々はいまだにスーツを着ている。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
できれば、そろそろやめたい。本気で。夏のスーツ通勤、毎年「これ続ける意味ある?」と思いながら歩いてる。
3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
それな。気候も生活様式も全然違うのに、200年前のロンドンの貴族の趣味に未だに従ってるって冷静に考えるとすごい。
4. 海外の名無しさん
これ知ってる! ボー・ブランメルだろ? 当時のロンドン社交界を一人で塗り替えた天才ダンディの。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
彼の話はポッドキャストで聞いた。完璧主義すぎて靴を磨くのにシャンパンを使ってたとかいう逸話、贅沢か非効率かわからない。
6. 海外の名無しさん
ダンディとフォップ(華美な伊達男)の時代の終わりは、メンズファッション史における悲しい転換点だ。私の希望は、バーニングマンのファッションがこれを取り戻してくれることだけ。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
個人的には、最近少しずつ色や柄が戻ってきてるのは嬉しい。黒スーツ一色って、やっぱり何年か続くと飽きてくる。
8. 海外の名無しさん
着るのも脱ぐのも面倒で、しかも快適でない服に「戻りたい」って人がいるのが、僕には永遠に理解できない。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
スーツも結局、正しく着るのが面倒で快適でもないんだよ。どうせ快適じゃないなら、いっそ極端に派手で着づらいほうにいったほうが面白い、って気持ちはわかる。
10. 海外の名無しさん(>>8への返信)
ちゃんとサイズの合ったスーツは、実はかなり快適。問題はネクタイ。あれだけは何の役にも立たない。
11. 海外の名無しさん
個人的にはマニエリスム期とバロック期のオーバーデコレーションが大好き。投稿写真のジュストコールはバロック後期のもので、これでもマニエリスム期に比べれば「控えめ」なんだよ。皿のサイズのひだ襟をつけてた時代と比べたら、これですら断捨離後。
12. 海外の名無しさん
深い黒の染料は産業革命までかなり高価で、漆黒のスーツを着られるのはステータスだった。「派手じゃないけど金がかかってる」っていう、いまのミニマリスト高級ブランドと同じ構造。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
そうそう、結局やってることは前の時代と同じで、「金をかけて派手に見せる」が「金をかけて地味に見せる」に変わっただけ。退廃の方向性が変わったにすぎない。
14. 海外の名無しさん
派手より質。それが今のメンズファッションの根底にある考え方だと思う。だからこそミニマルなスーツが洗練の象徴になっている。
15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
質を語るなら、ロゴでデカデカと自己主張するブランド服も再考してほしい。あれは派手か質か、どっちでもない。
16. 海外の名無しさん
正直、シンプルでミニマルなルックのほうが、派手な宮廷服より見ていて気持ちいい。「育ちで刷り込まれただけ」と言われればそうかもしれないけど、僕はやっぱりスーツが好き。
17. 海外の名無しさん
ハワイに行ってきた。アロハシャツが正装扱いの場面が多くて感動した。本当にフォーマルな場以外、スーツ&ネクタイを要求されない。住むかどうかは別として、服飾文化としては理想的。
18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
高温多湿の地域で住民にスーツを義務づけてる文化、冷静に考えるとかなりひどい。気候に合わない服を「正装」と決めた時点で、もう礼儀じゃなくて拷問になっている。
19. 海外の名無しさん
インドやタイのメンズファッションの色彩感覚が羨ましい。色も柄も多彩で、文化的な誇りも感じられる。我々(西洋)はだいたいスーツの一択。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
インド人女性と結婚すると、フォーマルな場でめちゃくちゃカッコいい衣装を着られるよ。これだけのために結婚してもいい。
21. 海外の名無しさん
薄手のリネンの白スーツは、中東のローブと同じで日射を遮りつつ通気性が良くて、実は水着より涼しい。スーツって素材次第でいくらでも気候に合わせられるのに、皆「黒のウールしか知らない」せいで誤解されてる。
22. 海外の名無しさん
着崩れしないし、どこに座っても下着が見えたりお腹が出たりしない安心感はスーツの大きな利点。仕立てが合っていれば動きやすい。靴だけは別問題で、安くて履きやすいドレスシューズが一向に出てこない。
23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
立っているときは下のボタンを開けたまま上だけ留める、座るときは全部外す——このマナーを知らない人がほんとに多い。これだけで快適さも見た目も全然違うのに。
24. 海外の名無しさん
日本でも明治時代に「文明開化=洋装」になって、それ以降ビジネスシーンの男性は完全にスーツになった。羽織袴を捨てて燕尾服に切り替えた当時の日本も、まさに「大棄権」の真っ最中だったわけだ。
25. 海外の名無しさん
「飾らない男こそ立派」って美徳、200年経っても根強いよね。ピンクのジャケット着てくる男上司、いまだに違和感ある自分も含めて、刷り込みは深い。
まとめ
18世紀末、西洋の上流男性は色彩・装飾・宝石・かつらをまとめて捨て、地味な黒スーツへと一斉に切り替えた。これがファッション史でいう「Great Male Renunciation(男性の大棄権)」で、ダンディズムの祖ボー・ブランメルや、産業革命後のブルジョワ倫理が背景にある。海外の反応では「200年経ってもまだ続いている」「夏のスーツは拷問」「派手な服を取り戻したい」という嘆きと、「ミニマルな今のスタイルこそ洗練」という擁護派の意見が拮抗していた。


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