1888年、ドイツの発明家カール・ベンツが造ったばかりの「モートルヴァーゲン(自動車)」は、近所の住民から「うるさい」「臭い」と苦情を浴びまくり、ベンツはバーデン大公国の役所に「公道で走らせてもいいですか」とお伺いを立てた。役所は「いいよ」と認めて書面を発行——これが世界初の運転免許証だ。海外掲示板では、当時のクレーム住民への共感や、「世界中の道路がベンツに繋がる」という壮大な系譜のコメントで盛り上がった。
今日の知ってた?
📜 世界初の運転免許証は1888年、カール・ベンツに発行された。きっかけは「自動車がうるさくて臭い」という住民の苦情で、ベンツが大公国に書面で許可を求めたこと。
当時のベンツ・モートルヴァーゲンの販売価格は600マルク(約150米ドル、金価格換算で現在の約34,000ドル相当)。
背景:カール・ベンツとモートルヴァーゲン
カール・ベンツ(1844-1929)は、1885年から1886年にかけて世界初の本格的なガソリン自動車「ベンツ・パテント・モートルヴァーゲン」を完成させたドイツの技術者。三輪・約2.5馬力のこの乗り物は、当時としては騒音と排気ガスがケタ違いで、馬車が主流の街並みでは「動く異物」だった。
1888年、ベンツの本拠地マンハイムでは住民の苦情が殺到。ベンツは公道走行を続けるためバーデン大公国の役所に正式な許可申請を提出し、役所は走行を認める書面を交付した。これが歴史上「世界初の運転免許証」とされる文書である。後にベンツの会社はダイムラー社と合併し、ダイムラー・ベンツ(メルセデス・ベンツ)となる。
もう少し詳しく
世界初のガソリンスタンドは「薬局」だった。 1888年8月、ベンツの妻ベルタが夫に無断で2人の息子を乗せ、マンハイムからプフォルツハイムまで約106km(約66マイル)の長距離走行を敢行。途中のヴィースロッホで燃料切れになり、地元の薬局でリグロイン(石油系溶剤)を分けてもらって走り切った。当時の燃料は薬局でしか買えず、このヴィースロッホの薬局は「世界初のガソリンスタンド」と呼ばれている。
「馬糞だらけの街」だった当時のヨーロッパ。 1888年当時、都市の道路は馬車交通の馬糞で覆われていた。19世紀後半、乗合馬車(オムニバス)の普及で「馬糞問題」は深刻化し、住民の鼻はもう麻痺気味だったとされる。そんな中で「ガソリンの新しい臭い」だけが目立って、苦情の対象になったというわけだ。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
ベンツはモートルヴァーゲンに特許を取って600マルク(当時の150米ドル、金価格換算だと現在の約34,000ドル)で売り出した。後にダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト(メルセデスの製造元)と合併して、メルセデス・ベンツになった。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
2007年までの一時期は「ダイムラー・クライスラー」だった。ジープ・クライスラーがフィアットに売却されてステランティスになるまでね。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
このグループの車、整備性が最悪で部品も見つかりにくい。運転は楽しいんだけどな。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
動いてるヴィンテージのジープを何と呼ぶか知ってる?「サバイバーバイアス(生存者バイアス)」だ。
5. 海外の名無しさん(>>1への返信)
インフレを金価格で計算するの、地味に賢い。当時と現代で消費される財がまるで違うから、消費者物価指数で比べるのは無理がある。何千年も価値の保存手段だった金で換算するのは、それなりに筋が通ってる。
6. 海外の名無しさん
当時の臭いと騒音は、現代の車の10億倍ぶんくらいイラつくレベルだったろうな。台数は10億分の1なのに、1台で住民全員にケンカ売ってる感じ。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
たぶん「特に酷かった」というより「初めて嗅ぐ種類の臭い」だったから目立った。当時の街は馬糞の臭いで満ちてたから、人間の鼻はそっちに慣れてた。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
今でいう排気ガスと逆の関係だな。我々は排気ガスに鼻が慣れてて気にしない。だが街中で馬糞を踏んだら一発で気づく。
9. 海外の名無しさん
「俺の新しい発明品が近所の人みんなを困らせてるんですけど、お願いだから使い続けさせてください、お願いします」って、申請書の中身ほぼこれだろ。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
内部金属がガチャガチャぶつかる音、消音装置なし、爆発の轟音、たまにバックファイア、で時速10kmで近づいてくる。70年代のアメ車かな?
11. 海外の名無しさん
ベンツの妻ベルタが1888年8月、夫に無断でマンハイムからプフォルツハイムまで自動車を運転していった話、好きすぎる。途中のヴィースロッホで燃料が切れて、地元の薬局からリグロイン(石油系溶剤)を分けてもらって走り続けたんだ。だから世界初のガソリンスタンドは薬局ということになっている。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
当時はガソリンって薬局でしか売ってなかったんだよね。世界初の長距離試験走行を勝手にやった奥さん、ロックすぎる。
13. 海外の名無しさん
記事のサムネが「プラヴォ・ヤズディ」のお決まりのイラストで、笑った。ナイスチョイス。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
知らない人のために:「プラヴォ・ヤズディ」はポーランド語で「運転免許証」という意味の単語。アイルランド警察が、ポーランド人ドライバーに免許証を見せられるたびに「プラヴォ・ヤズディさん」を運転手の名前として登録してしまい、データベース上にこの「ミスター・プラヴォ・ヤズディ」が50件以上の交通違反を起こす常習犯として誕生してしまった、という有名な事件。
15. 海外の名無しさん
イギリスのコメディ番組QIで、アラン・デイヴィスがこのネタをやってた。「免許証 0000000……2」(先発はベンツでカール・ベンツ自身、こいつは2番目)。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
クリップを見たい人へ:あれは何度見ても笑える。「2番目に運転免許を取った人」が一番ツッコミどころ。
17. 海外の名無しさん
当時の住民、たぶん「馬糞や馬の尿の方がマシ」と本気で思ってたぞ。
18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
車の代わりに馬とロバの糞を道路にぶちまけて欲しい派、確実に存在した。慣れた臭いの方が落ち着くというのは、人間共通のバイアス。
19. 海外の名無しさん
ドイツの登録制度の話だが、わが国(東欧某国)では第一次大戦まで車に登録義務がなかった。ドイツ軍が来て、エンジンの有無に関わらず全車両にナンバープレート登録を義務付けた。ドイツ軍が撤退した後も、ナンバープレート制度だけは残った。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
車に登録番号がないって、楽しいのは未登録車に乗った若者が8歳の従兄弟を轢いて逃走するまでだぞ。登録制度には意味がある。
21. 海外の名無しさん
ベンツが申請した書類、想像すると「私が発明した乗り物が騒音と臭気で近隣に迷惑をかけておりますが、続行のご許可をいただきたく」みたいな超丁寧文体で書かれてそう。ドイツ語の役所フォーマット、当時もガッチガチ。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
当時のドイツの書類、たぶん今より厳格だったぞ。住民から先に苦情書類が出されてた可能性すらある。
23. 海外の名無しさん
車って本当はかなり最高の発明なんだよな、ブーンブーン❤️。臭いと音が嫌でも、馬車に戻りたい人なんて今ほぼいない。
24. 海外の名無しさん
当時のドイツでは騒音規制も道路交通法もまだ整備されてなかったから、苦情→行政→個別許可、という今では考えられないフローだった。逆に言えば、規制って常にイノベーションの後を追って整備されるという好例。
25. 海外の名無しさん
600マルク=150米ドル=現代換算で34,000ドル(約500万円)。今のメルセデスのエントリークラスとほぼ同じ価格帯。140年経っても価格帯が大して変わってない方が衝撃。
26. 海外の名無しさん
何だかんだ言って、世界中の道路がカール・ベンツに繋がってる。
まとめ
1888年、近隣住民の「うるさい・臭い」苦情から、世界初の運転免許証が誕生したという豆知識。コメ欄では「申請書の中身は『お願いだから続けさせて』だろ」「当時の街は馬糞臭くて鼻が慣れてたから新しい臭いが目立った」など、当時の生活感を含むツッコミが多数集まった。
ベンツの妻ベルタが1888年に長距離走行を勝手に決行し、世界初のガソリンスタンド(薬局)を生んだエピソードや、ダイムラー・クライスラー時代のグループ盛衰史、ポーランド語「プラヴォ・ヤズディ」事件まで、話題は自動車史全般に広がった。書面1枚の許可から、世界中の道路網が始まった。
元ソース: TIL 1888年、ドイツの発明家カール・ベンツが「モートルヴァーゲン」の公道走行許可を大公国に申請、世界初の運転免許証が発行された(元投稿)


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